読書猿とかけて黄色い本と解く、その心は「人文じかけのバナナ」。

2017年1月21日に発売された『アイデア大全』は、読書猿ブログをまとめつつ、ビジネス書(のフリをした人文書)の体裁を取っている

書店で買い、改めて氏の名前、黄色いカバー、薄黄色の紙面を眺め、冒頭の言葉が思い浮かんだ。




読書猿さんのブログは、だいぶ前から折に触れて読みふけっている。

失礼にも、あえて好き好んで繰り返し読む氏のブログにケチをつけるとしたら、「知的好奇心の乏しい人が読むにはしんどいのでは?」という点くらいか。

この構成と想定読者での出版であれば、「知的好奇心の乏しい人」を考慮してケチをつける必要はない。

それはなぜか?

黄色い表紙と薄黄色の紙面、そして「読書猿」という筆名が表す通り、知的に飢えた(ビジネスに関わる)者のための「人文じかけのバナナ」だからである。

教養に軸を置いてブログを書く自分の場合、読書猿のバナナの栄養でなぞらえれば「ノンストップ・ライティング(p42)」と「ランダム刺激(p48)」に他ならない。

ブログという形式は正直に言えば好きではないのだけれど、中学生くらいのときにhtmlやperlを弄り倒してサイトを作った労力よりは、きょうび遥かに楽である。

それはちょうど、栄養価のあるバナナを食べたあと、カラダをほどよく動かすためにジョギングすることと同じだ。


ふと、なぜ読書猿ブログを読んでいるのだろう?という自問自答が出てくる。

自分の幼少からの知的背景には、ノンフィクション作家さんや、美術家さんや、クラシック音楽家さんが、偶然にも関わってきた。いずれもビジネスには縁遠い、「人文やさん」という人たちばかりだった。

「古臭い」「社会と関係ない」と自分からフタをかぶせてしまう傾向が人文やさんにはある。独立自尊のためには大切なことかもしれない。

しかしその人文やさんですら、知らず知らずのうちに「社会常識という機械」に取り込まれ、知識がタコツボ化してしまい、独立自尊を自ら放棄してしまっている。

そんな状況を目の当たりにしてしまったからこそ、「人文じかけのバナナ」が余計に美味しく感じる。だから

自分は、読書猿さんの「犬」の一人であると断言してしまおう。


読書猿の「犬」とかけて桃太郎と解く、その心は「雉(記事)が不可欠」。

桃太郎といっしょに、心の鬼を退治してしまうもよし。

自分とは、自分が思うより小さく、バナナが半分しか食べられないかもしれない。
なら、心の鬼とシェアして半分ずつ食べ、仲良くなるもよし。

これもまた、「渉猟し、新しい考えを生み出す方法(p4)」のたまものである。
猿がすなる渉猟というものを、犬は犬らしくしてみんとてするなり、と締めくくろう。