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「そういえば、ものごとや知識をどういう手順で面白がるようになったのかな?」
「もともとベンキョウなんて呼ばれるものはキライだったよなぁ」

橋本治の本をkindleで久しぶりに読んでふとそう感じたので、雑然と書き起こしてみる。



少なくとも、家には漫画も一般書も山ほどあった。
手塚治虫と赤塚不二夫は教養だから読ませた

後にそう言った両親の当時の書架から手に取った漫画、ノイズ混じりに思い出せる限りでは、




やけくそ天使 (1) (秋田文庫)
吾妻 ひでお
秋田書店
2000-01



ウルトラマン完全版I
楳図 かずお
復刊ドットコム
2016-07-26






つげ義春、吾妻ひでお、楳図かずお、大友克洋、永井豪、石川賢…。
きりがないからこれくらいに。

吾妻ひでおなんて小学生に読ませちゃダメじゃんw」というのは、ネット上であんな絵やこんな絵がアチラコチラからから回ってくる、このご時世には古い発想だろう。まあ、ほめられたものでもないけれど。

こういうものを読みすぎた。そのせいか、ガンクビ揃えて室内に座らされ、一方的にトロトロ聞き取りさせられたり、お仕着せの模範解答を処理するのは……面倒でキライだなぁと感じるようになってしまった。

少なくとも、絵や図やファンタジーから考えるクセがついたことがこの理由なのは間違いない。






けれども、今となっては「あれ?この「面倒でキライだなぁ」って正しいんじゃないの?」と思っているところだ。

橋本治が言うところの、この「ファンタジーとしての歴史という入らせ方が今はない」は、大きなヒントだ。「今はない」という点に、ちょっとばかりツッコミどころは残るが、それもまた話題が広がって良い。

両親の書架には、漫画以外にも書籍がたくさんあった。

あまりに多すぎて覚えていないが、古文ができなさすぎて手に取った橋本治の著書は、鮮烈な記憶として残っている。読み物として純粋に面白かったから。






今や橋本治がどれくらい知られているのかはわからないけれど、「村上春樹と同世代でインパクトのある作家」とでも言えばわかりやすい。

もっとも自分の場合、大学という場に入って以降は「西洋古典経由で自然科学や数学に改めて触れないと面白くない」ということを知り、橋本治からは最近まですっかり離れてしまっていたが。






ともすれば雑然としたファンタジーの面白さから、何らかの形で「役に立つ知恵」を掬い取るくらいで実はちょうどいい。

今や、商業出版で世に出された絵やファンタジーのほうが、手付かずのまま見向きもされない(日本限定の)教育より、はるかに洗練されてきていることに気付こう。 仮に荒削りだったとしても、売れているうちに何らかの編集が加わることも利点だろう。

興味を持てるファンタジーを入り口にし、「え?これってホントかな?」「元ネタは何?」と思いを巡らせ、自分の好きなモノのいち部分として、自分で決める形でその先にある世界に行き着けばいい。

厳密には内発的動機づけと言って、これは簡単に言えば心理学的にも無理がないやり方である。ベンキョウを教える側は、当然これを知っているはずなのだけれども。)

自分で決めてさえいれば「あのときアレを知っていれば…」という悔しさは回避できる。

漫画から読書というルートの開き方だろうと、知ったものごとに変わりはない
よね、というだけの話だ。
風雲児たち (1) (SPコミックス)
みなもと 太郎
リイド社
2002-03-28



風雲児たち 幕末編1 (SPコミックス)
みなもと 太郎
リイド社
2002-07-26