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読書猿『アイデア大全』が、まだまだ更に売れているようだ。





以前に法律の学び方のヒントを、『アイデア大全』の発想に基づいて書いた。

教養(人文知)を、実務寄りの物事と紐付けていくのは、電子機器をバラしたり、ソースコードを眺めているようで面白い。

実務寄りの知識とは、残念ながらもっぱら商材としてのみ語られ、理解もしづらいことが少なくない。

だからこそ「リバースエンジニアリング(バラバラに分解して構造や仕様や動作を理解すること)」の発想は、万人にとって有用であり、面白い。

この流れで、こんどはマーケティングに触れてみよう。

「おいらはビジネスなんて興味ねぇ!売上高とか費用とか聞いてもピンと来ねえ!」だと、一方的で面白くないので、出来る限り解説を付けた。






そもそもマーケティングとは何か?雑に言えば「モノやサービスが、お客様へと売れていく仕組みを作ること」である。

そのために商品をお客様の目線で開発したり、チラシを刷ったり、ウェブサイトで宣伝したり、ニュースサイトにPR記事を書いたり、テレビを通じてCMを打ったり、アンケート調査を通じてデータを分析したり、それを商品やサービスにフィードバックしたり……という作業が出て来る。

アカデミックな分野が好きな人にとって、馴染みやすい切り口が多い分野だろう。







誰でも知っているマーケティングの例を挙げれば、「ライザップ」のテレビCMがこれに当てはまる。

「テレビは捨てたので見ないなぁ」「自分はネットにしか真実がないと思っている」「わしは本しか読まんのじゃよ、はっはっは」という色々な人のため(?)に、わざわざCMをアーカイブしてくれているのも、マーケティングの一環だ。







あれだけ派手にCMを流している企業なので、広告宣伝費(CMや広告に使う費用)もそうとうなもの。

同社の2017年3月期のアナリスト向け決算説明会資料(2016年9月6日)を見てみよう。下のグラフが示すように、2015年の第1四半期(1月~3月)だけで、広告宣伝費に27億円以上を投じている。
これが2016年の第1四半期には、「紹介・リピート率が向上した」ため、24億円程度まで下がった。

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また、次のグラフが示すとおり、2015年第1四半期と2016年第1四半期までの間に、売上高(サービスやモノが売れた金額の合計)に対して、広告宣伝費の割合は、23%→12%と減っている。

この間、売上高は121億円→198億円と、1.6倍に増えている。

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これがどういうことか雑に言うと、「CMの費用を27億円から24億円に減らしても、売上が121億円から198億円まで増えたよ!」ということである。

この根拠は、「CM依存のビジネスモデル」という状況を脱却するための動きだそうだ。CMを止めて売上の増加も止まってしまっては、本末転倒である。

ここまでの流れは、『アイデア大全』内の「対立解消図(p224)」で説明がつく。






もっとも、広告を増やそうとも、お店や取り扱う在庫が少なければソレまでである。

もっと言うと、お店や取り扱う在庫があろうとも、肝心の品質がダメであれば、その域にすら達せない。 

あまり知られていないかもしれないが、(日本の)マーケティングの世界には「メラキ直り」という言葉がある。

以下のおなじみの製品は、 梅澤伸嘉というマーケッターが「メラキ直り」を通じて作り出したものの一部である。リンク先の資料から、カッコ内にメラキ直りのポイントを載せた。

・スキンガード
(蚊が嫌いな成分をつけると蚊が寄ってくるが、要は蚊に刺されなければよい)



・ジャバ
(風呂釜にブラシを入れられないが、要はたまった湯アカが取れればよい)




・固めるテンプル
(油がきれいに固まらなくても、要は捨てやすければよい)




「カベを直視して、カベを肯定し、“開き直る”しかない」
「一度“開き直って”それを新しい視点として別のアイディアを前向きに考えよう」
「アキラメず、開き直るのだから、“メラキ直り”だ」

これらが、「メラキ直り」の骨子である。

『アイデア大全』で言えば、「オズボーン・チェックリスト(p163)」が近い。

だが「アキラメずに開き直る」とは、「知性と謙虚さを兼ね備える」(いずれも『アイデア大全』巻末)ことに加え、『無門関』や『臨済録』の「仏に逢うては仏を殺せ」よろしく「知性に逢うては知性を殺せ」といった発想に違いない。

無門関 (岩波文庫)
岩波書店
1994-06-16

 
臨済録 (岩波文庫)
入矢 義高
岩波書店
1989-01-17

 




いっぽう、こんな具合で「古典や科学との照らし合わせ」でビジネスが語られるとき、根性主義の信奉だったり、中身のない情報商材が出回ることも残念ながら少なくない。これらは往々にして、情報の出典が一切明示されず、信頼性のないモノに過ぎない。

「教養や人文知が、実務にまで生きてくる」というのは、バラバラな知識の的確な結合と除去がなせる知性のワザということだ。ここには、当然ながら「胡散臭いモノを除去する」ことも含まれる。

「実務」という言葉を使うのにも理由がある。実務の学である「行政学」では、情報の出典の明示が確実に行われ、かつビジネス・経営学と内容を同じくする論点が多い(ここに社会学も含んで良いかもしれない)。

行政学
西尾 勝
有斐閣
2001-04



ウェブ上でモノを作る際、このような「信頼性のある情報の出し方」を心得ておく必要がある。
これについてはまた別途書こう。