名前を出して物を書く人は、ウェブ上の「名無し」が大暴れして炎上することを怖がる。
Anonymous Coward(名無しの臆病者)とは良く言ったものだけど、本当に臆病なのは、実は名有りの書き手の側だ。


時には、平静を装いながら「自分には関係ない。淡々としていればいい」と強がる。
時には、怖がりながら「売名のお手伝いありがとう!」と喜ぶ。
時には、過去の発言を並べ立てられて、徹底的に矛盾を吊し上げられる。


名無しと名有り、どちらが良いか悪いか、どちらが是か非か、を問うつもりはさらさらない。
ただひとつ指摘するなら、インテリジェンスと気迫を感じさせる「名無しの渾身の指摘」と、ゴテゴテした中途半端な肩書き付きの「名有りのポジショントーク」では、前者のほうが例外なく面白いということだ。

「ポジショントークの名有り」「素行の悪い名有り」の特徴を書き出すと、以下に収束する。
・「名無し」のコミュニティで流行っていた分野をレイトマジョリティやラガード向けに焼き直して売る
・考える上での基礎力がない(例: 学際系分野を専攻した、大学受験をしていない、発言する上で先行研究を無視する)
・仮想敵や仮装原因をつくり、やたらと自由を制限しようとする発言を繰り返す



これら全てに共通するのは「発言する上でのインテリジェンスが根本的に足りていない」ということだ。
発言をする上で、矛盾を楽しんで操るインテリジェンスと余裕があるくらいでなければ、あっと言う間に名無しから吊るし上げを喰らう。
それどころか名無しでなくとも、幾らかまともに学んだことのある人から「デタラメを言うな!」という正答が飛んでくるだけだ。

この喧騒を回避するには「ウラにどんな力関係があるのかな?」と問い、関連当事者がいる可能性を仮定するといい。
これはシンプルに言えば「ヒト・モノ・カネ」の流れをタグ付けして考えることである。
このタグ付けがフィットしない、それ自体が純粋に面白い発言の場合は、名無しであっても名有りであっても、見えてくる風景が際立っている。



面白いことに、極論を徹底して楽しむ余裕がある書き手の場合、
素行が悪いはずの名無しらは驚くほど冷静で、かつインテリジェンスを示す。
意図的に矛盾を楽しむ者は、同じ空気が好きなんだろうね。