「下請け」への本音

「本当はそれ、下請けでしょ?」
そう呼ぶしかない物事は少なくない。

自由な生き方をしているように見えても、実態は在宅営業員でしかない例なんて多数ある。連鎖取引販売(マルチ商法)やアフィリエイト広告は、その最たる例だ。

これらの本来目指す発想が悪いとは思わない。

このような形態の小規模ビジネスで上手く行っている人は、現に物凄い工夫を重ねている。楽しんでいる人もいるし、結果的に並々ならない努力を垣間見ることができる。

いっぽう、このビジネスの胴元や広告元の本音は、「トラブルを起こさず数字を上げてくれればいい」という、冷徹な中期経営計画や予実管理や内部統制に潜んでいる。要は、下請けは金づるでしかないということだ。

大多数の下請けは、この事実を直視できない。本来やるべきことから逃げた層が、安直な稼ぎ方のモデルに関わってしまうのは、こういうことだ。この悪循環があるからこそ「怪しい下請け分野」が現に存在しているのである。

また、目新しさで注目されたネットメディアも、雑誌を薄めた代替品でしかないことが知れ渡り、関係者は「ネタ切れか……」とぼやいている。さしてスキルも想像力もビヘイビアも良くないのに、売りが立ってしまった場合は、胴元のルール変更に恐れおののくしかない。

このような状態を減らすためには、出来るだけ高みに登り、個人で勝負をする必要がある。

個人で勝負するチカラをつけるとしたら、古典的で伝統的な分野と、少し行き詰まった目新しさを見つけ、その境目を、テクノロジー(ないし「枯れた技術の水平思考」)経由で撞くのが正攻法だ。

下請けでない、替えの利かない存在になる。それには、知的なスマートさを泥臭く追求することが、一見遠回りに見える近道なんだよね。