「怒り」は、期待はずれに対するやり場のないエネルギーの現れだ。

怒りにまかせてエネルギーを不用意にそのまま放つとどうなるか?
「烈火のごとく怒る」とか「カミナリオヤジ」という言葉があるように、人間関係でヤケドを負わせ、誰彼構わず感電させかねない。
ロールプレイングゲームの世界で「魔法を不用意に乱発している場面」とでも思えばわかりやすい。

簡単に怒り出す人は、ただ頑固か我が儘なだけであり、常に期待はずれ感を抱えているのである。
こうなってしまっては、不健康な状態まっしぐらである。
自分のエネルギーにやられてしまうのでは、死んでも死にきれない。




怒りを感じているということは、エネルギーがあることにほかならない。
せっかくだから、「怒りさん」と友達になって背中を押してもらうといい。

いろいろな属性の怒りに応じて「期待はずれを埋め合わせる方向」に集中し、自分と周囲の世界を解釈していくといい。


具体的には、以下のように「知性的で楽しい友達の怒りさん」をかばうことを想定するのだ。
・自分の怒りを自分で徹底的に認め、一番理解者になる。
・負の感情を喚起する物事や対象に近づかず、同レベルでの議論は一切しない。
・いっぽう、フツフツと沸いてくる感情から逆算して情報を集め、状況の解釈をアップデートする。
(アップデートに際し、自分の側の落ち度を心のうちで認めた上で「楽しい!」かつ「正しい!」と言えることだけに集中しきる。そのために、誤りがあれば直ちに素直に認めて学ぶ。)


「怒りさん」を出発点に「知的生産や創造や解釈や行動のはじまりだ!」と開き直れるくらいでいいのである。

「グッバイ!」の一言で別れを告げ、新しさで上書きできるなら、それもまた創造のひとつだよね。