本当に自分から自己決定権を行使したければ、
まず身近をしつこく懐疑してみるといい。

試しに、近所のスーパーマーケットの食材の品揃えを見てみよう。

それらが、商品やメーカーやスペックごとに、どれだけ均質化しているかを探ってみるといい。

かつ、均質化していない商品とは何かを問うてみるといい。



自分の場合、幼少期から「大地を守る会」や「らでぃっしゅぼーや」や「生協」の宅配のお世話になっていた。

当時にしては珍しく、親が徹底的に調べ抜いて、安全とおぼしき無農薬の米や野菜を選んで買っていたのである。

東京23区住まいだったが、合鴨農法の田んぼを見学するツアーに参加したりと、今思い返せば食育を先取りしていたことになる。


無農薬の是非はさておき、今はそのような多様な商品が手に入りやすくなった。

もはや忘れ去られているほどだが、無農薬の野菜や米は、当時のサプライチェーンから言えば「常識の範囲外」だ。

自己決定権の行使が「常識を疑い、徹底的に調べ抜いて、自由を享受する」ことの好例だと確信している。



常識を的確に疑い、自発的に意思決定するためは、しつこく懐疑して調べ抜くことに尽きる。 

本を読んで学び、その上で懐疑することが何事にも代え難いのは、自由に自己決定しているからに他ならない。

影響されるのではなく、懐疑と納得を繰り返して自己決定していくことが、インサイトの原動力になるんだよね。