「グレる」という状況は、以下のような層に共通して発生する。
・田舎の荒れた公立小学校・中学校・高校やFランク大学
・社会や組織内の下層カースト
・自作自演で作った残念な組織の残念なトップ

このような人たちのビヘイビアの悪さが、「グレる」の典型例だ。
これらの取るに足らない層はつながっており、実社会で見かけたら「ああ、田舎の公立学校の下層カーストの人なんだな」とでも納得しておけばいい。それ以上でもそれ以下でもない。


これらの層に共通している本質は、いずれも「知的好奇心がアパシー(無気力)状態」という点だ。
どんなに鼻息を荒くしていて、どんなにメディアに露出していようとも、本質がアパシーであることは隠せない。

つまるところ、グレることで、アパシーを誤魔化しているに過ぎないのだ。
もっと言ってしまうと、社会学や発達心理学の知見に照らしたり、人文科学・STEMの知識の有無などから、「グレる」の有無が探れてしまうと付け加えられる。


この論点の軸となる知的好奇心とは、主体的に面白がることでしか操れない、人間の特権的な能力である。
人間の特権が欠けているということは、人間としての一番のオリジナルな価値を、自分からゴミ箱に捨てていることを意味する。


半グレと呼ばれるような層や、立ち居振る舞いの悪い層は、いくらお金があろうと、いくら社会的地位があろうと、いくら偉そうにしようと、本質的にはチンピラの群れに過ぎない。
どんなにいきがって喚き散らそうとも、トラウマや社会不安にさいなまれ、ただ遠吠えを繰り返すのみだ。

こういった層は最終的には自滅するが、それを見届けるまでもなくさっさと離れてしまうといい。攻防一体の対処法である。


「グレる」層に対して「こんちくしょう!」と思わされたら、群れずに孤独を貫き通して立ち去るほうがカッコいいと、相場は決まっているんだよね。