「拡散」の扱い方

ウェブ上でいち早く拡散される情報に、価値があると思い込まれているが、これは誤りだ。

情報そのものの価値を差し引いてしまえば、「拡散=感情とお金の流れ」に過ぎない。

中身をロクに検証もできないキュレーションメディアやキュレーター、コピペだらけのまとめサイト、捏造ニュース、広告…いずれも感情を煽って、そこにお金の流れを作っているからこそ、拡散して価値が出るだけだ。

このビジネスモデルや情報の薄さは、旧来の新聞やテレビや雑誌と何も変わらない。旧来のメディアの体質と、個人で流す情報の間に、何ら目新しさはないのである。

この傾向をいちいち批判するつもりはない。事実は事実として理解し、質を高めて活用するだけだ。むしろ、読んで書いて読んで…を繰り返すことで「自由を得るためのインサイトの習慣化」が拡散すればいい。

「情報の拡散」ではなく、「情報を疑って学ぶきっかけをつくる習慣の拡散」を狙うくらいでちょうどいいんだよね。