ゴーイングコンサーンという考え方があるが、この本質は、ただただ楽しくて続けてしまうということだ。


自分の好きな物事に価値や信用を与えて、事業化する発想と言い換えていい。

手段が独立だろうと転職や移籍だろうと、いずれも同じことだ。

このとき初めて、自分のスペックや一挙手一投足に、自分で責任を持つということができる。 



責任を持つためには、
・まず自分の興味ある物事を常にモニタリングする
・その全体像も細部も探り、換価しやすい物事と関連づける
・関連付けたら徹底的にカッコつけて楽しむ
ことで売上を立てるといい。


これと逆に、自分をお役所的な常識のど真ん中で放置して嘘をつくと、疲弊やせせこましさしか残らない。

「お役所的」が楽しいならさておき、つまらない・しんどい・気力が出ないと感じるなら、その感性に嘘をついても意味がない。

常識的な文脈での責任が、お役所的でせせこましく感じるのは、多かれ少なかれ嘘を混ぜて話を進めているためだ。


そんな状況で「自分の仕事に責任を持とう」と思い込むのは、自分で自分を洗脳しているも同然である。


このとき、ゴーイングコンサーンにはリスクしか残らない。そんな酷な状況は、何が何でも回避すべきだ。

「嘘や常識に逃げない、カッコつけドリブン」で責任を再定義することのカギは、ここにある。

スペックに対してナルシストでありつづけて、継続する責任と一致させてしまえばいいのだ。


カッコつけるだけで続いてしまい、楽しく続けることでカッコよくなる。

この流れって、最高にカッコいいよね。