経営 その43 〜 ハイレベルな人材の価値。

人材の質と価値は、報酬の水準に正比例する事実にまず向き合う。
ハイレベルな人材の価値は、労働時間ではなく、投資対効果で考えよう。
フルタイムで最低月100〜150万円以上の報酬とは、知恵やマネジメントノウハウを使って、中長期的な成果を出すための投資。

現実解。
ハイレベルな人材の成果は、常に投資対効果で測ればこと足りる。
フルタイムでなくとも、知恵やノウハウの影響力が成果につながるためだ。
「ノウハウを使った仕組み化」と考えると、腹落ちしやすい。

経営 その42 〜 苦労。

複数の選択肢から決断するなら「楽しく苦労して成長する」ほうを取るといい。
ただ単に挑戦で苦労するだけでは辛く、ただ単に楽しいだけでは味気なくて危険だ。
これはつまり、苦労を苦労に感じない環境を用意して、苦労のための苦労に逃げちゃダメということ。

苦労そのものが目的ではなく「えっ?これが楽しいの?」と大多数の人に言わせてしまう頭の回転の切り口こそが目的だ。

もっとも、全体像がわからないうちは、どうしてもただ苦労してしまう要素が避けられない。
その時は、正面突破するだけでなく、1つ1つの物事の法則性を探って、違いや共通点を炙り出して改善するといい。

どんな単純作業さえ、頭脳プレーに出来てしまう要素が、あちこちに隠れているんだよね。

経営 その41 〜 楽しさと退屈。

楽しい仕事は、続きやすい。
退屈な仕事は、そもそもある程度掘り下げて「何が退屈か」を知る必要がある。
一見退屈で苦手に見えても「あれ?これって楽しい分野と同じじゃないか!」と気づくことが多々あるんだよね。

この意味。
データ分析を知ったばかりの頃の自分にとっては、複式簿記が「実は楽しい」に当てはまった。
実務に触れて、理論も学んで、自分の言葉で抽象化すると、結局は紙と鉛筆で実行可能なデータベースだと腹落ちした。
個々の仕訳の積み重ねがB/SとP/Lを構成していくさまは、何度想像しても美しい。

そうやって退屈しない分野を増やせれば、文字通り儲けものなんだよね。

経営 その40 〜 ストレス。

とにかくぐっすり寝る。
人にも物事にも考えることにも、無理に干渉しない、干渉されない。
たったそれだけで、ストレスを回避して集中できる。

この意味。
ただでさえ頭の回転が早く、つい考えが止まらないのなら、思い切って頭をサボらせたほうがお得なんだよね。

「そんなことない、自分は不器用で頭など働かない!サボりたくない!」
という、頭脳労働に自身がない人なら、本を読みながら寝てしまうくらいでちょうどいい。

頭脳労働をしてきている人は、もちろんこの逆。

経営 その39 〜 情報源としての文献。

状況を再現し、色々な場面に応用して成果を出せる情報こそ、信頼できる。
情報源としての文献は、応用しやすいか否かで質が決まると言っていい。

1つずつの質が高い情報として、専門家の知見や、論文が挙げられる。
これは応用する前段階としての習得のハードルが高く、一定の準備が必要だ。

1つずつの質が低い情報として、雑誌の記事や、引用文献のない書籍が挙げられる。
これは応用しやすいが、成果が出るかどうかの信頼性がそもそも怪しい。


この壁の現実的な乗り越え方。
質が高いものでも低いものでも、目標を定めて数をこなし、かつ目標をアップデートし、傾向を見定めるといい。

質が高く、習得のハードルが高い分野については、平易な入門書を4〜5冊重ね読みする。
法律でもプログラミングでも数学でも、絵本や新書のような語り口調の本を読んでみるといい。
自分がイメージしやすい部分をつまみ読みして、結果的に全体像を切り出せるためだ。

質が低く、成果が出るか一見怪しく見えるビジネス書については、似た本に数多く目を通す。
時代背景や著者の置かれた背景など、偏りやバラツキが出てくる部分に着目する。
複数の本で疑問が残る情報の解像度を高め、自分にフィットしないものを捨て、使える情報をすくい取ろう。

いずれにせよ、目標を定めて常に書き換えることを念頭におく、知的生産ということだ。
読み手が知的好奇心を持ち続け、書籍の情報を応用しつづけていく。

この態度こそ、情報源から信頼できる視点をすくい取るカギなんだよね。

経営 その38 〜 参入と撤退。

意思決定巧者は、新規参入をハイスピードかつ柔軟に行う。
それと同じく、撤退もハイスピードかつ柔軟に行う。

この流れは、以下の2つに集約される。
「目新しく、まだ海の物とも山の物ともつかないので、先行者利益確保のために参入した」
「サービスのコモディティ化や、競争の激化により、収益性が見込めなくなって撤退した」
いずれも、投資案件として動いていると言っていい。

このサイクルは、今日び活躍している企業で頻繁に見かける。一つのモデルに執着することが、リターンのないリスクにしかならないためだ。
組織的に行うビジネスモデルについて、思わぬところから成長のチャンスが出てきたり、思っていた以上に短命化しているということである。

これは、個人で就職しようと、複数人で出資してスタートアップを作ろうと、大規模な企業を運営していようと、等しく求められている素養である。
今やっていることが、投資案件としてどのようなリターンを持ってくるのか。
この当たり前の発想は、組織立って群れてつい安心してしまうことで、ずっと見落とされて来た。


現実解。
キャッシュフローを生み出すことに集中する。
その見込みがないなら、ピボット策を用意する。
(本末転倒になっては勿体無いので、急場しのぎに補助金や公的支援を駆使したって構わない。それを政策当局に呼びかけても良い。)

極めてシンプルな投資の発想を、情熱を持ちながらも淡々と回す。
中身のない根性主義や前例主義に傾けば、やがて自滅する…という本末転倒な事実を予習しておく。

「個人も組織も、もっと柔軟に動いていい時代」でもあり、「柔軟に動けないなら次々に割を食う時代」とさえ言えるんだよね。

経営 その37 〜 プロジェクトマネジメント。

プロジェクトマネジメントとは、以下のサイクルの繰り返しだ。
・全体像を、分かる範囲で一般的な材料から描く。
・今やっている工程を、次の工程の価値向上が楽しく誘発されるように取り組む視点を持つ。
・プロジェクトを構成するパーツの解像度を高めることで、関係者が思わず学んで決断し、価値を出してしまうように誘導する。
・必要に応じて、全体像を再び描き出す。

一言で表わせば「今やっていることから、行き掛けの大きなお駄賃を、次に向けて狙う」ということである。

次工程や次の仕事・出来事に向けた「楽しみ方」の発想は、堂々と持ってもいいし、こっそりと頭の片隅に置いてもいい。

経営全般でも、マーケティングでも、ITシステム構築支援でも、あるいは個人的に学んでいることでも、もっと言えば生き方でも、この発想はあちこちで役に立つ。

これと真逆の「柔軟性のないプロジェクトマネジメント」とは、
・そのそもマネジメントしたフリの「指示」だけで終わる
・何より実行する人間が悲鳴を上げてしまう
・結果的に、何も学習せず価値を作れない
という、誰にとってもwin-winとならない結果ばかりが待ち受けている。
こんな状況を自分から作って、そもそも楽しく生きることができるだろうか。

現実解。
「目標とイメージを楽しく持つ。楽しいことの解像度を高める。解像度を高める中で、個別・全体で必要な物事を学習し、行動に移す。」
このサイクルで、プロジェクトを早々に回し、ハードな状況に風穴を開けることができる。
何もわからないときは、自分より出来る人や、プロの人の真似を即時試して繰り返せばいい。

プロジェクト計画書や、WBSや、課題管理表を作ってもいい。
そこまで細かくせずとも、最低限「何をやりたい、何をやりたくない」だけは言葉にして、紙に書いて持っておく。
プロジェクトに障壁が出たときは「つまらない/苦しい/自己否定」を探り、その部分だけを狙って消し込めばいい。

イメージの上でも、具体的な動き方でも、楽しさと柔軟性を中心に、解像度を高めて次の行動に持ち込むだけで十分なんだよね。

経営 その36 〜 個人のコングロマリット化。

「個人のコングロマリット化」という言葉が出てきて久しい。
これを一言でまとめると、一人でいろいろな多角経営を行うことである。

個人のコングロマリット化を進めるには、応用が効くような根幹のある分野が一つあると強い。
パッケージ化された知識のカタマリがあれば、得意技を横展開したり、偶然からビジネスを作ることに繋げられるためだ。

この実装のための現実解。
まずは「インプットとアウトプット」の質を上げて、人にメッセージを伝えることから始めよう。
コングロマリット化するための知識回収は、アウトプットのために行うインプットという発想があれば十分だ。

その次に、経営・ファイナンス・経理・税務・監査・情報システム・SCM・営業・マーケティング・法律・人事…といった分野について、一通り知見を揃えておこう。
ダメ押しで、医療や数学・自然科学やプログラミングの基礎を知っておけば、もっと強い。

経営 その35 〜 スキルと理念。

キャッシュフローと利益を残して、関係者がお互いに気分良く仕事を楽しみ続ける。
このための理念と仕組みを設定し、意思決定を重ねられれば、ビジネスは事足りる。

営業・マーケティング・企画・経理・IT・技術・カスタマーサービス・人事・総務・法務…これらのスキルは、個別的に面白い要素はあれど、あくまでその実現の手段でしかない。

公務員だろうと、医師や弁護士だろうと、会社員だろうと、フリーランスや経営者だろうと、その立ち位置の価値とは、自分の理念を実現し、より自由になるための手段である。

これらの個別のスキルそのものは、本から知見を回収してもいいし、それぞれの専門家から知見を学んでもいい。一方で、意思決定を下して理念と仕組みを実現するのは、生身の人間である。生身の人間は、ただ単に知見を集める道具のような手段ではない。

人間が人間であるからこそ、物事を単なるスキルの話に終止させてしまえば、そのうち飽きてしまう。他方、スキルなしでは理念は絵に描いた餅でしかなく、何も始まらない。

生身の人間が、お互いに気分良く楽しくに過ごすためにこそ、スキルを保持し、理念や仕組みを設定する。そこから実現の手段を探っていく。各自で問い、状況に即して自己決定していく。この点を忘れなければ、すべての物事はあっという間に楽しくなる。

現実解。
仕事を気分良く楽しみ続けるという発想は、往々にして忘れられるし、時として堂々と見過ごされることを覚えておこう。
大局的に見れば、仕事で起こるつまらなさや悩みのすべては、スキルの取りこぼしと、理念や仕組みの設定ミス。
「その価値の出し方って、本当に気分がいい?本当に楽しくなる?」という問いを、常に頭の片隅に持ちあわせておくといいんだよね。

経営 その34 〜 ファイナンス・財務・経理。

この語群ほど、仕事をゴチャつかせる罪作りな言葉はない。

そもそもファイナンスも財務も、実際はお金の上流工程として同じ物事を意味している。
また経理(と会計)は、一般的には仕訳や記帳や、財務諸表作成のといった事務仕事の意味で用いられる。

しかし日本語圏で「財務」と単に呼ぶ場合、「財務会計」(仕訳や記帳といった、一般的な経理事務。アカウンティング)を暗に意味してしまう場合も少なくない。またさらに言うと「経理」の語源は「経営管理」という説がある。

ここまで並べると、もう直感的にはよくわからない。
ファイナンスのひとつの分野である、Financial Planning and Analysis(FP&A、財務計画・財務分析。この言葉以上にやることが多い分野)はどこに入るのか、また日本語圏でよく見かける、経営企画部や経営戦略部のお仕事はどこに入るのか、そういえば「金融」もファイナンスであり、じゃあ資金調達を行う部門はどこに入るのか……という疑問が尽きなくなってしまう。

ここでひとつ、思い切って整頓してみよう。
・ファイナンス・財務・金融=資金の流れを管理する仕事。
・経営管理=ヒト・モノ・カネ・情報を管理する仕事。
・財務会計・経理=仕訳や記帳といった複式簿記周りの事務処理の仕事。

前者2つは、資金と経営を管理(コントロールあるいはマネジメント)するという目的がある。
最後の1つは、コントロールやマネジメントというより、もっと低次の事務仕事である。
(財務会計も、全体像を見たらコントロールやマネジメントの要素が入るのだが、仕訳や記帳しか扱わないのでは、知的生産としてこれ以上先に進めない。従って敢えてこのようにまとめた。)

ファイナンス・財務・金融には、マネジメントの要素が加わる。
経営管理は、文字通りの企業のマネジメントである。
財務会計や経理は、マネジメントが関わらない事務処理の仕事である。
従って財務(Finance)と財務会計(Financial Accounting)は、そもそも別物であり、略したり混同したりしてはいけない。

現実解。
マネジメントの要素の有無で見ていけば、この分類の問題は片付く。
より上位、つまり経営側の仕事をしたければ、管理会計(Managerial Accounting)を知る必要があることにも一致する。
ヒト・モノ・お金・情報について決断(意思決定)を下すなら、細かい仕訳の要素も財務諸表も、このような分野の分類も、自分の言葉で語れると有利なんだよね。