「えっ、学生であることとそれ以降を区別する必要なんてないでしょ??」
「自分の知性への投資をサボってたの??試験対策しかしてなかったの?」
「学生としてインプット/アウトプットするスキルって経済活動でそのまま使えるよ??」

自分の周りには「学生」と「社会人」を明確に区別する人がいなかった。

故に「社会人」という言葉を強調する層には、上のような感想しか抱かない。
(そもそも一般的な日本の感覚がゼロであったという事実はさておき。)

後から医師や法曹や研究者になる人も少なくなかった。
優等生だろうと社会不適合者だろうと、やりたいことを優先し、
触発される面白い議論ができる人が偉く、自分の世界を作るにはうってつけだった。。

試験対策だけでどうにかなる講義は見下され、大量に読んで書いて演習するハードワークばかりだったという仕組みも大きい助けだった。


学ぶ内容を問わず、そのような知的環境があれば、
社会での出来事への応用など、実はいくらでも出来てしまう。
コンサルティングファームが提示する方法論は、
アカデミックスキルとコンピュータサイエンスの基本的な概念と大差ないという事実が物語っている。


大多数が「社会人」という言葉だけを一人歩きさせてしまうのは、
知的体力に乏しく、社会を歩く自信のなさが募ることが根っこにあるんだよね。