ケンカなど、下らないからすべきではない。

偏狭な人同士が自分の偏狭さを棚に上げて「おまえは偏狭だ」と言い合うことがケンカの本質だからである。


それでも、ある種の「なりきり」で敢えてケンカをするなら、「自分に効用がある、自己完結できる構造のケンカ」をするというのが、鉄の掟だ。

まず断っておく。対人戦や対社会戦や法律に訴えることは、蹂躙され尊厳を奪われた人の、最後の手段だと心得よう。そこまで退っ引きならない状況であるなら、基本は「逃げるが勝ち」である。
(当然だが「不公正を見過ごせ」とも「泣き寝入りしろ」とも言うつもりはない。)


以上のような退っ引きならないレベルではなく、「あ?ふざけんじゃねえぞコラァ!」というような、数世代前の不良漫画のような仁義ドリブンを、ここでは仮定している。


このときの「効用」とは、より良いポジションを得たり、スキルを高めたり、新天地を得たり…というものである。

このときの「効用のあるケンカ」とは、ゲームで言うところの「勝てば効用を得られるボスバトル」ということである。


このような、イメージのしやすいイベント戦を自分で定義し、クリアを目指すことがポイントだ。

自分で自分を主役にするゲームを作る、と言い換えてもいい。フィクションは、そのために触れるのである。


このとき、ケンカはゲームと同じくらい奇なり、ということをお忘れなく。