ここで言う残念な人とは、特定のコミュニティの中で、これ以上関わるべきでない迷惑や害悪をもたらす人のことだ。
原理原則として、残念さに起因する「人生の無駄遣い」に遭遇したら、あなたがまずすべきことは「それを切り捨ててさっさと安全を確保すること」だ。
その前段階として、法律やその他規則や、信頼できる人などを必要なだけ何枚か噛ませることが正しい。
物理的にも心理的にも社会的にも、ダメなものからは距離を取ることが全てである。自由の始まりはここからだ。
なぜ学ぶことが必要か?と問われたら、
残念な人の回避に限らず、残念な場面の回避や、残念な自分自信を愛してやるきっかけ作りにも、これは有効だ。
ここで挙げた残念さについて、「逃げ」という言葉を排除し、「安全確保」と言い換えてみるといいんだよね。
