日別アーカイブ: 2019年5月8日

自己愛が出しゃばるのはなぜか。

自尊心が満たされていない状態や、
自分の失敗をどうしても認めたくないときや、
次へのヒントをひねり出す問いを立てられないとき、
自己愛が何らかの形で出しゃばっている。

これは、素直に負けを認めたくない意識の重みがへばりついている状況だ。

思考や知識や素直さに気を遣わないときや、弱点から目を背けるとき、
人は無意識のうちに、自己愛の出しゃばりによって同じ失敗を繰り返してしまう。
へばりついた意識の重みがダブついて、意思決定をブレさせてしまうのである。

経済的に成功していようといなかろうと、とんでもなく間抜けな意思決定や発言を繰り返し、
それこそ親子数代にわたって、同じような失敗を重ねてしまうわけである。

情にほだされた人事で自分から失敗していく経営者も、
文化人を気取りながら実態はマスプロ大学の学生サークルと大差ない馴れ合いに終始する人たちも、
究極的には個人の選択の結果に過ぎない。

ここに自己愛の出しゃばりが絡んで来ると、組織内政治に走ったり、
事あるごとに訴訟をちらつかせたりと、保身に走って素行が悪くなる。
意識の重みにエネルギーが加わると、それだけ暴走しやすいのである。

こうなってしまっては、自己愛の結果、
突然スピードを出して事故を起こし、ご臨終しかねない。

現実解。
どうせ何かをやるなら、自尊心を適切に満たすほうがいいし、
そもそも素直に失敗から学び取るほうが正直言って非常に楽だし、
転びながら物事がどうあるべきかを再定義すればいい。

自分にせよ他人にせよ、自己愛の出しゃばりがふと見え隠れしているとき、
それはどういった理由から来ているのか、長引きそうなのか、
といった要素を踏まえて眺められれば、確実に身軽になれる。

仮に他人の自己愛の出しゃばりがうるさく思えても、
「まあ、そういう背景を持つなら、この素行も仕方ないよね」
と納得できる流れが見出せるんだよね。

..遠藤武