謙虚とは、物事を腹落ちして自分の器をグイグイと自律的に広げることだ。

決して「謙虚になれよ」と他人から言われて従うことではない。



他律的な謙虚さなんて、ただの卑屈というだけだ。

かといって、ただ自律的であればいいというわけでもない。



謙虚について、問題点を二つ挙げよう。

(1)「自分は謙虚だ、自分の器は次々に広がっている」と簡単に言い切ってしまう問題。

行動するだけで、中身がないのにどうにかなってしまった人は、かなり危ない。

実態は全然謙虚ではない。自律的であっても、中身や繊細さを欠いてしまえば、スタート地点に立つ前に自滅してしまう。


(2)上には上がいることに惑わされて、卑屈になってしまう問題。

例えば、学歴(投資銀行が出した大学のリストなんかも参考になる)、人文科学・自然科学・社会科学、音楽、美術、スポーツ…。

こういった分野でのコンプレックスは、けっきょく自分はどうしたいの?という問いがなく、他律的に自滅している。



(1)と(2)は、どちらも「知ったかぶり」として共通しているんだよね。

自分の器をグイグイ広げる、自律的な謙虚って、こういう知ったかぶり状態を解消させる発想だ。


知ったかぶりではなく、
「知らないなりに、知っている人を唸らせるだけの知識と知恵を持とうとする工夫」
だけでいい。

そうすれば、謙虚になるだけの知恵を自ずと得ちゃうんだよね。