これは「好きなことを制約なく面白く叶えたい」というだけなんだよね。
「立身出世」とか「ビッグになる」とか「有名人になりたい」と、
つい即答してしまうのは、他人名義の既存の作品をコピー機にかけているだけだ。
これでは、既存の路線に乗っかるだけで、自分をヒエラルキーに押し込めてしまう。
ヒエラルキーに押し込めてしまえば、不要な制約に悩まされておしまいだ。
アドリブや新作のリリースをやってのけるために、
既存の作品を活用するのである。
ヒエラルキーなんて、空想ではねのけてしまえばいい。
何気ないその雑務を一つの作品としてリリースしてもいい。
(pythonやVBAで効率化してもいいし、手作業の効率を上げてもいい。)
もっとテクニカルな話をするならば、作品を仕上げる発想を持つとき、
「全く同一の場面は、人生において二度と起こらない」
ことに念頭を置くといい。
外のヒト・モノ・カネ・心・科学的な物事…の配置も、
実は何もかもが違っている。
二度起こったと感じたら、それは思い込みだ(それも悪くないけども)。
似ていると思っているだけで、全くの同一になる確率は、
気が遠くなるほどまでに微小である(ほどほどにしておくといいけども)。
・似て非なるこの違いは、どこからきてどこへやっていくか?
・どう認識されどう無視されるか?
・自分の内や自分の外に、どんな影響をおよぼすか?
・何らかの違いが、自分に影響を及ぼそうとして襲いかかったけど、
何も気づかないまま間一髪で回避していたかもしれないか?
良いことが起こっても、嫌なことが起こっても、平凡であっても、
これくらい抗うくらいでちょうどいい。
既存の作品には、他者の解答例だとか、模範解答も含まれる。
少しずつ「好きなことを制約なく面白く叶える」という方向性を少しずつ探るには、
自分に揺さぶりをかけてみるといいんだよね。
