ウェブにあるものの本源的価値がどこから来るのかについて探った。

daily0 本音たち。

ふと「ウェブにあるものの本源的価値ってどこから来るのさ?」という疑問が沸いた。

オンラインサロンについて「レバレッジがないよね」という視点を見かけたことが原因だ。

もともと、双方向的な「参加できる個人メディア」のような仕組みだと思っていたが、おそらく概ねその通りの様子だ。

(面白い企画を集めて、そのままビジネスに繋げてしまう、

という流れもある様子だけど、ごく限られるんじゃないかなあ。)

この本源的価値は、プログラミングで書かれたメディアを介して、
個人の信用力がファンクラブや雑誌記事のように拡散し支持されるという点にある。

あくまで信用力ベースやコンテンツベースの物事であり、
スタートアップのように既存の概念の再定義を行ったり…というわけではないし、
学問のように学術的価値があることを行ったり…というわけではないし、
資金調達をテコにして規模の経済を得る…という話でもない。

そもそも、レバレッジが利く仕組みがさほどないのである。

とまあ、ここまで書くと、雑誌やファンクラブと大差がないと気づける。
絵に価値が置かれる漫画家やデザイナーや、音に価値が置かれる音楽家はさておき、
サロンにピン留めされたコンテンツに対して課金するだけであって、
大きな再定義を出すには至っていないというのが実情だろう。

サロンのコンテンツは、あくまで個人のバリューありきということだ。

ここで、個人のバリューを差し引いてしまうと、残る価値の要素として、
プログラミング言語で書かれたウェブ上のデータである点に着目できる。

端的に言えば、ウェブ上に置かれた人格のあるソフトウェアのようなものと見立てると、
ウェブに置かれていること自体が、注目を集めて価値を増やし生産するトリガーになるわけだ。
そもそもニッチすぎたり技術的制約があって、書店に並びようがなかったために、
ウェブ上でカルト的に流布する知的財産に化けてしまうということである。

本源的価値など無いと言われている仮想通貨(暗号通貨)についても同じことが言える。

要は、ある種のオープンソースっぽいソフトウェアのような何かに対する投資や投機であって、
そこに市場があるために、価値が上下して一喜一憂する人が存在するということである。

プログラミング言語で書かれたウェブ上のデータという点が、
法定通貨と全く異なるフィジカルでない手続きを踏むために、
どうしても奇妙に映るということである。

「プログラミング言語で書かれた」という部分の一般的なお話について、
多くの人が何となく見過ごしてしまいそうなので明言しておく。

「中央集権的でなく、自分(たち)で物事を管理しハックし生産できるという点」
が一番の価値であって、少し学べば誰でも(たとえ不完全でも)価値増やしに参加できる、
という部分が一番の強みだ。専任の職務としてプログラミングを扱う必要は必ずしもない。

「違うよ。価値があるのはコードじゃなくてアイディアや着眼点でしょ」
という反論の余地を敢えて残すとすれば、アイディアや着眼点をあちこちから少しずつ拝借して、
誰でも参入できるという部分自体に価値があると更に反論できよう。

コードを書いて、業務を自動化したり予測したりすることで得られる利便性だけでなく、
コードで書かれて存在していて活用できることそのものに、
ニッチな知的財産としての価値が生じるということなんだよね。

遠藤武(えんどう・たける)
グロースハッカー。

↑詳しい自己紹介は上記リンクを参照。

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