月別アーカイブ: 2019年1月

経営 その21 〜 システムエンジニア。

・プログラムを書かない、書けない、レビューも出来ない
・数学や計算機科学の基礎分野のいずれも理解していない
・どうすれば効率化できるかについての現実解を全く出せない
・暗黙知で書かれた、客観性のないズタボロな文書しか書けない
・年功序列頼りで、マイクロマネジメントしかできない

このような層が「システムエンジニア」という名前で、
日本語圏のIT業界に溢れている。

業務プロセスの分析(ビジネスアナリシス)など出来ないどころか、
「システムエンジニアには分析が苦手」と言い切る人もいる。

分析せずして、何をどのようにアルゴリズム化するのだろう。

単価の話。
プロジェクト管理業務を取りまとめる単価は、

1時間2,500円の場合もあれば、1時間7000円の場合もある。

これはスキルに応じた金額ではなく、IT投資金額の規模によって、
何となく定まっているだけに過ぎない。

本質的には、大差ない層が「貰いすぎ」「少なすぎ」という具合に、
はっきりと歪んでいるのである。

そもそも世界レベルで見れば、このような業務は、
エンジニアでもIT関連でも何でもない。

率直に言って、絶滅危惧種の事務員と全く変わらないか、
場合によっては事務よりもレベルが遥かに「低どまり」している。

客観的に見て、仕事を効率化するために作るシステムについて、
プロジェクト管理の運営がまったく非効率という状況は、

分析すらせずとも、どれほど無駄が多いか理解できるよね。

現実解。
このあちこちの歪みについて、年功序列のぬるま湯を享受するのか、
「やばい!」と危機感を抱くのかは、全ては人それぞれである。

月並みに言えば、「若手ほど損だよ」という現実がある。

他方、高齢化した非効率な従業員があふれるが、
この商習慣による非効率を強引に取り去ろうとする過程自体が、
新たな非効率やリスクとして日本語圏に居座り続けるという現実もある。

よって、究極的には「世代により異なる」と言うしかない。

この歪みを活かすも活かさないも、その人の危機感次第だ。

..遠藤武

経営 その20 〜 サラリーマン。

いろいろな切り口から言えるけれど、
「特定の業界や分野といった常識に毒されて、群れてばかりいる人」
のことだと言い表すことが出来る。

フリーランスで動いていても、創業していても、
アップデートせずに群れてばかりいると、
停滞して立ち居振る舞いが悪くなる。

これじゃあ、サラリーマンと全く変わらない。

尤も、経営者やフリーランスは、変化をつくれなければ、
そのまま現状の資産を食い潰すだけで、倒れてしまう。

仮に倒れず売れていたとしても、
寄り集まって素行不良が目立っていく。

どんよりと停滞し、いつも同じことばかり繰り返し、
そこに知性や変化は一切残らないのがオチだ。

現実解。
群れて停滞する行動の、逆を取るだけでいい。
満員電車が嫌いなら、誰でもすぐ真逆の行動ができる。
自ずと単独行動したくなれば、それで十分だ。

..遠藤武

経営 その19 〜良いものが安価で、悪いものが高価な現象。

実のところ、品質は値段と必ずしも一致しない。

製造原価や等級があるような商品はさておき、
目に見えない知識や、目に見えるコンテンツや、人材市場の場合、
売る場所や媒体や商流が価格を決めてしまうのである。


品質が高く役に立つサービスや材が、必ずしも高額というわけではない。
1冊1500円前後で買える学術書や技術書やベストセラーが、この最たる例だ。

かつ、品質が低く簡単に上位互換できるサービスや材が、必ずしも安いというわけではない。

1部5万〜50万円するような情報商材が、この最たる例だ。

毎日の記事で、知識の大切さを繰り返し説いているけれど、これは単に、
「知識を仕入れて組み合わせるだけで、割高なサービスや材を、あっさり上位互換できる」

というきっかけが得られるからなんだよね。

現実解。
良いものが安価で、悪いものが高価という矛盾に直面したら、

上位互換できるチャンスが到来していると言っていい。

良し悪しと割安割高がわかるということは、
わかる人に相応の知見や知識があることの証拠である。

大多数には見えていない状況を判断できるということ自体、
そもそもが大きなチャンスを目の前にしているということだ。

..遠藤武

経営 その18 〜 弱者と成長。

「弱者をつけあがらせる」という視点がある。

これは、自称強者・自称少数派という本質的な弱者が、
多数派を弱者に仕立て上げ、我田引水でねじ伏せたフリをしているだけだ。

本音では、多数派を心底恐れているに過ぎない。

この「フリ」の例を挙げよう。

組織や企業で言えば、上意下達が成り立つのは、
単に階級や職位のおかげでしかない。

社会全体で言えば、強者と弱者が成り立つのは、
持っている知識と応用力の量と質でしかない。

要は、いくらお金や知名度がたくさんある少数派の側としても、
それに文化資本や、知性や自由や、立ち居振る舞いの良さがなければ、
「いつまで経っても、本質的にはナメられる弱者のまま」ということである。

自分の実力をはるかに超えて稼いでいるような人が、
どこかおどついたような不安な顔をしているのは、
答えがない物事に答えを出すための知性が備わっていないためだ。

経済的な成長は、文化的・精神的な成長に伴わなければ、
確実にナメられることを、言語化できずに肌で気づいているのである。

こういった方々は、率直に言って、個人的には好きで応援したくなる。

「多数派でないからどうしようもない」
という声なき声があるからこそ、その悩みや、知識や経験の偏りが、
突然思わぬところで足元に引っ掛かるのである。

「多数派だからどうしようもない」と話を終わらせるのでは勿体無い。

多数派を堂々と自認して絶望出来ることは、
実は多数派から抜け出すためのきっかけづくりだ。

自分の弱さがわかっている人の強さは、捨てたもんじゃないよ。

そもそも生来の多数派であるような人は、
自分が多数派であることにいちいち絶望などしないし、
自分の置かれた状況に疑問など一切持たないよね。

現実解。
まずは自分の弱さを認めて、そこから策を考えればいい。
これは少数派の人にとって、むしろ盲点であることが多い。

また、多数派であることも、知識の数も、
一定の量と質を超えて向き合い続けていれば、
実は一つの知性を導き出せてしまう。

「数の暴力」とは良く言ったもので、
ビジネスにせよ民主主義にせよ知識にせよ、
結局は、自由自在に増え続ける数の多さに勝てないんだよね。

..遠藤武

経営 その17 〜 消費と投資。

何かにつけて「無理かもしれない」という言葉や後悔から始まったり、

安っぽいものばかりを扱ったりと、消費を強いる話題ばかりの時は、
何かに煽られ、言いたくないことを言わされていないかどうか注意してみよう。

この具体例。
ギャンブル、お酒、たばこ、偏差値や受験結果へのネガティブで疑いのない視点、
少額の補助金、中途半端な投資や資産運用、生半可な税金の知識、
マルチ商法、煽り記事ばかりのメディアなどが挙げられる。

こういった煽り情報のウラには、時間と心の消費を強いる仕組みがある。

これを強いられると、自由がなくなり、素直な懐疑心を歪めることになる。

そもそも、常識を知っていることは良いことである。
常識知らずはただの無法者に過ぎないのであって、
常識を疑う自由などいくらかかっても得られない。

無法者は、表面上どんなに強くどれだけ目立とうとも、
誰かに撃ち殺されることに怯え続ける弱者でしかないためだ。
だからこそ、自分に都合の良い情報を流して喜ぶしかない。

他方、生半可な知識で消費を強いられるのは、
どこにも自由のないただの多数派だ。
メディアの情報に流されて人生を終える層でしかない。

無法者と生半可な常識人、どちらも本質は同じ「大衆」だ。

このどちらも、大したことのない財物の消費を強いられているか、
あるいは時間や精神や知性の消耗を強いられていることで、共通している。

現実解。
常識の中に自由を組み込む、そのための自由があれば、
物事は消費ではなく、投資に置き換わる。

このとき、どんなにレベルの低い物事でも、
「ああ、これはレベルが低い。だからこうやって上位互換できるよね」
という発想が、常識と自由の組み合わせで成立する。

レベルが低い物事を見て、感謝できるようになったら、
即解決していると言い切って差し支えない。

..遠藤武

経営 その16 〜 事務や会議の価値。

事務や会議ほど、企業やプロジェクトや役割によって価値がバラける仕事はない。

経理・人事・総務であれば、求められる価値がただの事務処理でしかない場合、
同じような仕事でも、恐ろしく市場価値が低くなってしまう。

 
これと逆に、経営の意思決定に資する場合は、とんでもなく価値が高まっていく。弁護士や公認会計士のフィーが高額であることが、そのまま当てはまる。

またシステム開発であれば、大規模な案件ほど受注金額が釣り上がる。
このとき、事務では全く付加価値を出さないような文書作成や会議に、
1人当たり1時間7,000円くらいの人件費が掛かっていく。
1ヶ月を160時間と仮定すると、月額100万円を超えることになる。

他方、全く同じ文章作成や会議であっても、中小規模のシステム開発案件であれば、1人当たり1時間2,500円くらいに人件費は縮小する。
このとき、同じく1ヶ月を160時間とすると、月額は40万円だ。

また、システム開発でない経理や総務などの事務員であれば、 1人当たり1時間2,000円くらいの人件費が相場だろう。

似たような作業について、このような価値の歪みが、企業の内部に数多く眠って放置されている。
切り口によっては、一物二価や三価が全く気づかれずに常態化しているのである。
こうなると、既存の価格にあぐらをかいたままでは、確実に値崩れで足元をすくわれかねない。

現実解。
職業選択の自由を行使して成長するには、この歪みを活用すればいい。
大多数が気づかない不思議な現象にこそ、実は価値がある。
正々堂々と知性を磨きつつ、活用してみよう。

..遠藤武

経営 その15 〜 やらないこと。

やりたいことが溢れている状況は、良いことだ。
だからこそ、やらないことを明確にしておく必要がある。

バックオフィスが苦手なら、経理周りは複式簿記と税法を理解したのち、
外注やツールの活用で効率化してしまえばいい。

営業や採用が苦手なら、紹介を通じて集めてしまえばいい。
やらないことを定めて、得意なことや強みをシェアしあえれば、
それだけで物事を前進させやすくなる。

自分で常識をつくり、やらないことを定めてしまうと、
それだけでやらないことを外部にシェアしたり、明言する機会が出る。

ここに「自分で見えていなかったことを言語化する」という価値があるのだ。


やりたいことばかりに目が行って、
やらないことについつい視点が定まらないのは、
優秀で勉強熱心な人の性分でもある。

だからこそ、そのカラを破るのである。

やるべきこと・やりたいことを決められるのなら、
やりたくないこと・やらないこと決める工程とは、
あっさりと素直に自分の感情を認めることだ。

これは決めるというより、むしろ浮き彫りにさせる動作だと言っていい。

いくら活躍して目立とうと、ギャーギャー騒いでいる人は、
無知による不安感から、あっさり認めることが苦手というだけだ。

そうではなく、知識や経験がひとカケラでもあれば、
やりたいこと・やらないことの区別が、意外とあっさり出せてしまう。

現実解。
見聞きと経験を通じ、やらないことを言語化してしまえば、
おおよそ見えないもの・見えづらいものを描写していける。

知識と並行してカラを破るには、
そんな照らし方があるほうが実は心地良いんだよね。

..遠藤武

経営 その14 〜 当事者意識。

経営にせよ仕事一般にせよ、
「当事者意識を持て」
とは、言われ尽くして今更感がある。

それなのに、当事者意識を持たず、
意見を出したり引っ込めたりして、
脇役に隠れるようなセコい人は、
どこからどう見ても、消えていく様子などない。

そもそも、細部と全体像の両方を自発的に掴もうとする、
積極的な立場でなければ、当事者意識など持ちようがないのである。

ライセンスのある専門職になぞらえるならば、
医師や弁護士や公認会計士くらいの総合的な知識がなければ、
細部と全体像の両方など、掴みようがない。

これらの専門職が絶対に有利だと言うつもりもないが、
中途半端な脇役ではないという点は、揺るぎない事実である。

また「知識低い系」のままで居続けると、
「意識高い系」で一生を終えてしまうケースは多数ある。
いくら目立っていても、「知識低い系」であれば、
当時者意識を持ってもただただ邪魔なだけである。

これを悪化させると、お金を持っていても、
知識や知恵がないばっかりに全く尊敬されない現象が出てくる。

当事者意識があろうとも、
自由も基本的人権も知性もないがしろにするのであれば、
それは暴利を貪っているだけにしかならないためだ。

現実解。
つまるところ、当事者意識の質を上げていくには、
隠れても埋もれても、決してセコくならずに、
真っ正面から知識と知恵を磨いていくことに尽きる。

仮に瞬間的にお金をケチっても、知識をケチらずにいれば、
健全な当事者意識が持てるんだよね。

..遠藤武

経営 その13 〜 指示の出し方。

効果的に指示を出すには、前提条件を明確に作り込むことが必要だ。

契約書を作るには、文言の定義や、意図して守るべき利益を、
前提条件として明確に定めておくことが求められる。
経営計画の策定においては、
サービスデザインやマーケティングから、

売上・コスト計画までの一揃えが、前提条件にあたる。

アルゴリズムを組むことは、
コンピュータに特定の前提条件を置いた作業を実行させる、
手続きの指示を下すことに他ならない。

これらは、前提を作り込んだ指示の一種であると言って差し支えない。

振り返って、日々のコミュニケーションで、指示とさえ言うことをためらいそうな、小さな指示を出すとき、あなたはいったいどんな前提を置くだろうか。

特に前提を置かず発話するのか、
少しイラっとしながら言葉を出すのか、
状況を探りながら構造を見つけるのか。

そもそも、なぜここまで振り返って、
指示について掘り下げる必要があるのだろう?

その答えは、
「暗黙知を作らず、明言していくことでこそ、

知性やノウハウを指示に展開できるため」
ということに尽きる。

場当たり的に暗記しようとも、
いつまで経っても議論に堪えうるような、
しなやかな知性はつかない。

いくら過小に見積もっても、
「明確に前提を置いていない」という指示やコミュニケーションからは、
仕組みやノウハウが出来ず、ただただ場をイラつかせて、
時間をロスさせることにしかならない。
(スモールトークですら「いい天気ですね」というような前提がある。)

また、指示の中身が重厚長大であるほど、
前提となる仕組みを明確に設定せずメッセージを発すると、

指示の腰はより簡単に折れてしまう。

その場しのぎでしかないため、問題は取りこぼしだらけだ。
誰にも腹落ちできなければ、それは指示でも何でもない。

明確な知的生産の前提を組まず、その場しのぎで思ったことを言うだけでは、
指示やレビューのようなコミュニケーションをする上では不適格である。

そもそも、このレベルでは誰のモチベーションも上がらない。
要は、前提をいいかげんにしている指示ということは、
目隠しで高速道路を横断することと同じくらい、
危険なコミュニケーションということだ。

失敗する必要のないところで失敗してしまっては、泣くに泣けない。

また、指示が全くもってダメにも関わらず、
クオリティの高いアウトプットや返答が来たとしたら、
それはとんでもないリスクだと、即実感する必要がある。

指示をされる側が、指示をする側より、
はるかにレベルが高いという状況のためだ。

これに喜んでいるようでは、
その人の知性はお話にならないレベルである。

暗黙知にせずにしっかり言い切ろう。

自分より優秀な人を活用するには、
その方が納得するような明確な前提を置いておかなければ、
そのうちあっさりとその場を去ってしまうことに気づこう。

場当たり的に空虚なコミュニケーションしかできないのであれば、
それは頭を使っているとは言えず、仕組みを作れる優秀な人ほど確実にこれを嫌う。

現実解。
明確な前提を置かないということは、
前提が根本的・瞬間的に間違ってしまうことに気づけないのである。

そんな失点を自分から作ってしまっては、
価値を作ることなど出来ないと覚えておくといい。

..遠藤武

経営 その12 〜 管理。

経営において、管理することは手段であり、目的ではない。

管理の使い方とは、本来果たすべきゴールに最短距離でたどり着くことにある。
売上を上げたり、利益を出したり、また世の中に幸福をもたらすといった、
個別に設定した目的を導き出すための手段ということだ。

この逆。
管理のための管理は、管理のために現金を無駄に燃やしているだけであり、何も生産しない。

経営者が組織のこの兆候に気づかず、ポリティクス(社内政治)を放置するという状態は、
ヒマな管理職に無駄な現金を何となく支払って燃やしているというだけだ。
言い換えれば、経営者が自分の組織の自己管理をし切れていないということになる。
もちろん、自由な知的生産のために、自由を確保する管理体制を整え、創造の源泉にするのであれば話は別だ。
思い切ってフルリモートワークにしたり、マイクロマネジメントをしない体制を用意すればいい。

 

そのような自由を確保するには、経営者にも幹部にも目新しさも古典も楽しむ、根源的な知的体力が求められる。

 

このとき、知的体力に乏しく、頭が回らず古臭い人材はそもそもいらないし、
それはつまりポリティクスにかまけて嫉妬している暇はなどなく、
のんべんだらりと競合他社と背比べして嫉妬している暇などないということである。

 

現実解。
何の目的で管理しているのかを即答できるまで定義し切れていないのであれば、

それは管理と呼ぶべきものではないんだよね。

..遠藤武