データ分析に携わるなら、品質管理を知るべきだ。
品質管理は、量的データと質的データの両面から、
モノやサービスによる「お客様の成功」を基礎づけられる。
要は「欲しい!」と手を挙げてもらう根拠を作れるのだ。
無邪気に「データ分析」と言ってしまったとき、
需要や価格の予測、広告や人員や在庫などの資源配分最適化、
分析システムの構築、組織における実装・実運用にとどまることが多い。
これはこれで大事なのだが、
目先の現実をトレースするに終始しているだけであり、
「ダッシュボード屋さん」「Excel屋さん」と、
本質は大差がないのが実情だ。
そうではなく、
せっかく現実ではわからないことを、
数式やモデリングで作り込めるのだから、
妄想したほうがより一層面白くなるのだ。
妄想や理想系について、品質管理の観点から見ていくのだ。
例えば、自分の得意技を用いて、
既存の市場のスキを突きたいものの、
自分だけでは品質が確保できないとする。
その場合、一人だけでは目先の品質で負けても、
座組みで品質を向上させれば、事が足りる。
この発想であれば、データを細かく取らずとも、
ダミー変数(One-Hotエンコーディング;0と1だけのデータ)を、
愚直に実情を照らす形で作っていける。
「足りているもの」と「足りていないもの」から、
「必要なもの」と「必要のないもの」まで、
大雑把でもいいから明確にしていけばいい。
0と1のプロットで行動を重ねれば、
最初が妄想だったとしても、
妄想だけで終わらない部分が浮き彫りになり、
行動や発想でカバーできる要素が見えてくる。
(もちろん、何も見えないなら別なことをやればいい。)
この観点で言うと、
巷で言うデータサイエンスとは、
目先の現実をデータで常識的にトレースするだけだ。
本当の意味でのデータサイエンスは、
妄想を現実解のための行動に落とし込むべく、
目先の現実をいい塩梅でぶっ壊しながら、
過不足なく、要不要を見定めて、
品質管理していく過程なのである。
現実解。
データサイエンスやデータ分析が上滑りするようなら、
需要予測や資源配分という流通過程の話を切り離してみよう。
品質管理という「価値」に直接関わる観点から、
中身を創っていくことが本筋なのだから。
boxcox.net、遠藤武。