従業員も経営者も、それぞれは「経済活動のひとつの形態」というだけに過ぎない。
前提条件として、経済合理性と納得感と成長可能性の3つさえカバーさせる。
他の条件は、全て好き嫌いで決めてしまおう。
現実解。
従業員も経営者も、経済活動のプレイヤーとしての本質は全く同じ。
少し解像度を上げてみよう。
経営者が組織立って従業員に課す前提条件と、従業員の本音という前提条件が、必ずぶつかり合う。
経営において、経営者の知性や行動力や本音や言語が、全ての意思決定に上意下達でそっくりそのまま反映されるためである。
上意下達の典型的な組織づくりで油断すると、それぞれの経済合理性と納得感と成長可能性への思惑は、一致しようがなくなる。
つまり、従業員が「やってられない」と辞めてしまうのも、経営者が「足並みが揃わない」と悩むのも、あるいは無神経を決め込むのも、原因は同根だ。
出来た従業員は、経営者のダメな面を一発で見抜いて、ある日突然見切りをつけて辞めてしまう。
出来ない従業員は、経営者に媚びへつらい、その人が疲弊するか、組織が疲弊するかの二択をもたらす。
経営者は、上記の事実に敏感に気づけるか(それとも全く気づけないか)が、まず問われる。
また経営者は、何をどのように生々しく認識して組織を作るか、どのように権限を移譲するかを、常に決断する必要がある。
経済合理性と納得感と成長可能性、このいずれかに不満が出たら、人間もが「環境を変えたい!」と心底思うようになる。
この決断については、従業員も経営者も、常に等しく意思決定を下すことが求められている。
退屈や知識不足に甘んじて誤魔化してしまうと、パフォーマンスもモチベーションも下がるし、何より嫌悪感や鬱屈ばかりが溜まってしまう。
だったら、思い切って好き嫌いで行動した方が楽しいよね。
..遠藤武
経営 その49 〜 従業員と経営者。
