プロに依頼する理由とは、
「現時点で誰も答えを持っていない物事への洞察」
「時間をかけても出せない洞察」
という洞察を創り出すことにある。
リサーチや研究の価値は、これが全てだ。
現在の私は、ボックスコックスネット内のデイリーレポートを2000記事以上書いており、
過去記事の一気読みを楽しんでもらうことが多々ある。
(サイト内の検索欄から「FP&A」「年収」「経理」というキーワードで読まれるケースが目立つ。)
そして商業執筆である『旬刊経理情報』誌での連載執筆は1年(30回)を超えて継続している。
いずれもアナリスト時代の洞察出し、当時の業界誌での連載、FP&Aやマネジメントの経験から、社長向け「仕組み化」指南という独自事業展開までが、すべて生きている。
これらを組み合わせ、きっと1流であるプロの下限を満たしているだろうと確信している。
(プロの下限を満たしているからこそ、紙媒体からわざわざ興味を持ってサイトにアクセスし、サイト内検索してデイリーレポートを何度も一気読みしてくれる読者が多くいるのだろう。心底ありがたいと実感している。)
この組み合わせの延長線上で、あくまでサブ事業(エージェント経由)はあるが、大企業向けリサーチや戦略の洞察出しを受任することがある。
それはアナリストとして統計手法の構築に携わり、FP&AやBizDevによるゼロイチからのグロースや、年売上高数百億円〜数千億円のFP&A、年売上高兆円規模企業のデジタル戦略に関わった背景があり、
かつ執筆と「仕組み化」をメインに活動するプロである私に依頼してでも洞察が欲しいからこそ成せるのである。
ゆえに「単なる制作代行」「洞察不要」と判明した瞬間や、ちょっとした立ち居振る舞いやメールの文言から、
「プロの話を聞けない人だな」と判断した瞬間、その場で関わることをやめているのが事実だ。
即断るものとして、やたらと「自称」戦略を謳いたがるケースが目立つ。
これは「洞察出し」と「制作代行」を同一のものと勘違いしており、
そもそもエージェントの場合は客先の本音を掴みきれていないどころか、
客先から舐められる下請業者化しているのだ。
要は、誰も答えを持っていない領域で徹底した洞察出しが必要にも関わらず、
プロに洞察とは本質的に関係ないムダな注文ばかりを強いるヘマが目立ち、
結果として関係者はレベルを下げてしまっているのだ。
また二言目には、「知見がなく救って欲しい顧客がプロに頭を下げて依頼する」という前提を無視し、
顧客の言っていることに、思い違いや間違いがないという前提で鵜呑みにしてしまうのだ。
そうなってしまうと「制作代行」どまりであり「自称」戦略というボタンのかけ違いに終始してしまう。
なぜこのような「自称」戦略が溢れるのかというと、特にSIerの分野でゼロから問いを立てる習慣が乏しく、
組織的に再プランで穴埋めしながら、むりやりお金を取るという立ち居振る舞いの悪いクセに起因していると見ている。
平たくいうと、ITコンサル分野で「やらせていただきます!」的な、下に立たされる御用聞き営業が多発していることが原因だ。
特にエージェントが弱者である場合、コンサルとは名ばかりの人売り状態に終わってしまう。
このようなエージェントの場合、「洞察」「戦略」をゼロから出すことについて
顧客に向けて訴求する知性とタフネスがそもそも足りていない。
ゆえに私のようなプロが実力を発揮できず、せっかく受任しても、かえって面倒ごとが増えて終わる。
独立を目指す人が増えているからこそ、ストレートにありのままを言ってしまおう。
このような三流とは、絶対に関わってはいけない。
独立するとは強者の選択であり、顧客であってもエージェントであっても、
三流と関わった時点でアウトだ。
特に美辞麗句や甘言でだまくらかしてくる三流エージェントは、
戦略や洞察に関わるだけの下限を満たしていない。
ゆえに、まともに返信すらしてはいけないのである。
(三流は実力不足であり、100%例外なくトラブルを起こす。)
その真逆を言うと、上に書いていることをきちんと考慮している人や組織は、それだけで優秀である。
プロを招聘するということが、どれだけ意義深く効果があることなのかを、
ちゃんとエンドユーザーである顧客に納得させる使命を淡々と果たしており、
本質をついて、ムダがない対応に徹しているためでである。
現実解。
プロであるなら、関わるべき人も組織も厳選する必要がある。
自分の仕事のクオリティに厳しいのと同様に、
関わる人にも組織にも、そして顧客にも、
相応の覚悟があるからこそ、プロの仕事が尊ばれるのだ。
追記。
相手もこちらも等しくプロ同士であるなら、
その関係も仕事も、必ずうまくいく。
boxcox.net、遠藤武。