まず、基礎知識がないと懐疑が始まらない。
その次に、非常識や偏見が思い込みがもたらす肌感覚が必要だ。
やっとその次に、肌感覚の肯定・否定や、基礎知識の肯定・否定を織り交ぜられる。
懐疑とは、この織り交ぜの過程で行ったり来たりすることに過ぎない。
結果、誰も言葉にできていなかった肌感覚を言葉にし、
インサイトを基礎知識と言葉の組み合わせに即して明確にできる。
否定も肯定も懐疑の俎上に載せて扱って、やっと懐疑が実現できるんだよね。
daily0 本音たち。まず、基礎知識がないと懐疑が始まらない。