常識を知らないと、基礎力不足。
常識に無批判に従うと、実力不足。
常識の仕組みは、その2つだけ。
現実解。
基礎力をつけたら、
基礎力を息を吐くように使える必要がある。
そうじゃないうちは、基礎力不足だ。
実力とは、応用力のことであって、
常識を超えて他の分野に当て込めるチカラだ。
基礎力がない状態で応用できたとしたら、
ただのマグレ当たりを疑おう。
ある分野で基礎力がある人は、
他の分野の基礎力を得るのも早い。
凄腕のプログラマは、
複式簿記や民法や税法にも一家言持っている。
そうでなければプログラミングを通じた仕事は出来ないが、
共通原理は「言語で概念を操ること」だから、
敢えて少し遠くから眺めれば、
共通しているんだよね。
他のたくさんの分野も同じことが言える。
コツコツと継続してきたことが、
他の分野に応用できることは、
常識を超えた常識の扱い方だ。
もしあなたが専門職だったり、
20年超えのベテランサラリーマンだったら、
常識が基礎力として身についているはずだ。
そんな自分を、清々しい気持ちで、
懐疑的に、メタ的に、
遠くから眺めてみよう。
今欲しいチカラを、
そのまま得られるように当て込んでみよう。
息切れしそうになったらさっさと休む。
疲れない「自分ならでは」の方法を探る。
まさにクリティカル・シンキングってやつだ。
懐疑的な視点や、独自の視点がないなら、
そこには専門性がゼロだと言っていい。
経営者や研究者で活躍している人は、
単に優秀とか上澄みだという場合もあるが、
常識を疑うことを徹底して繰り返して、
独自の視点を持っているんだよね。
でないと生き残りようがないもの。
常識の使い方とは、
常識を得て、常識を疑うことにある。
実のところ、常識を愚直に疑う人のほうが、
生き残る確率がグッと増します。
常識を繰り返すなんて、
誰かの受け売りでしかないから、
そもそも退屈だ。
退屈でないのに、
生き残る確率が増すなんて、
素敵な生き方だし、
生命力が漲って「生き残れるわけだ」と実感するしかない。
活躍している人が概ね常識を突破している点は、
素敵を通り越して清々しいんだよね。
boxcox.net、遠藤武。