月別アーカイブ: 2019年3月

経営 その80 〜 頭の中からひねり出す。

文献やコンテンツは、現段階での他人の知識の集合だ。
知識に親しんで、新たな知識をひねり出すには、
これらを動かし重ね合わせ、描かれていなかったことを描くだけでいい。

現実解。
「よく考えろ」と言われたり、壁にぶつかったりしたら、
・持つ知識が足りない
・知識を動かし重ねていない
・知識を使ってその先を描いていない
という状況を疑おう。

単に知識を持っているだけであれば、その質を少しずつ向上させ、
さっさと次のステージに展開させてしまえばいいのである。

ウェブ検索で論文を調べたり、本や記事や電子書籍を読み漁って、
その先に想像を巡らせるという動作は、寝転がりながら一人で出来る知的生産だ。

次に取るべき(取らないべき)行動を、そうやってひねり出していいし、
個人的な経験や、人から聞いた物事や、有名な事例と照らし合わせてもいい。

「数学は、紙と鉛筆で可能な基礎科学だよ」
統計物理学の教授がそう言っていたことを、折に触れて思い出す。

頭の中からひねり出すという動作について、道具は違えど、
実は知的生産として大きな違いはないんだよね。

..遠藤武

経営 その79 〜 コモディティ化。

事業全体のマネジメントと運営管理の経験。
新規事業立ち上げや営業・マーケティングの経験。
多言語・多文化対応の経験。
(外国語とプログラミング言語、ビジネスとテクノロジーといった、異分野の壁の乗り越え。)

一例に過ぎないけれど、このような組み合わせに一気通貫で対応できる人材は、世界のどこでも常に圧倒的に不足している。
逆に言うと、ここで挙げた分野の断片の切り売りは、コモディティ止まりということ。

独自の強みを、どういうルートや組み合わせで軽やかに創り上げ続けるかが大切。
自分で新しい物事を作ってしまえば、コモディティ化しようがない。

..遠藤武

経営 その78 〜 ITエンジニア。

物凄く簡単に言い換えると「スマホやPCで動く設備を作る建築家」だ。
店舗と看板、レジ、帳簿、遊具、文具、画材…などなどが、作る対象。
アプリや基幹システムは、形ある実際の物事を、コンピュータで表現したもの。

注意点。
形ある実際の物事(ヒト・モノ・お金・情報)を作り上げるのは苦手な人たちであることが多い。
だからこそ、実際の物事を作る上での要件定義(特に業務要件)でみんな大変な思いをするんだよね。

逆に言えば、ビジネスとITの両方から攻めることが出来ると、圧倒的に強い。

..遠藤武

経営 その77 〜 本音の出し方。

本音を出すには、実は繊細さと下準備が徹底的に求められる。
だからこそ、敢えて1回だけ出すストレートな本音に価値が出る。
不用意に本音を晒しても、一方的で安っぽい暴力にでしかないことに注意。

この意味。
そもそも、相手の本音に気づけないなら、
こちらがいくら本音を出そうとも、
何を言っても言葉の殴り合いにしかならない。

相手に本音を伝えても、
相手が受け取って読み解いて行動する気がないのなら、
お互いに後味の悪さしか残らない。

いくら本音を繰り返し言い続けようと、
それを相手の心に送り届けることが出来なければ、
退屈な勧誘や営業にすら劣ってしまうのである。

これをわかっている腕利きの経営者は、
日本人だろうとそうでなかろうと、
「建前も本音のうち」にしてしまう。

それだけ思慮を巡らせて喜ばせているとも言えるし、
関わる人を限定させているとも言えるし、
このどちらも当てはまるのが、
この場合の本音の伝わり方である。

誰しも本音と建前の壁をなくす必要はないけれど、
「自分が果たしたいことは何か」
「自分が幸せを感じることは何か」
ということを問わずにいると、
ありがちな「暴力的なストレートな本音」に流されてしまう。

ストレートな本音が常に暴力的とは限らないが、
不用意のままであり続けてしまうと、
ストレートな本音が衝撃を与えると気づけない。

敢えて1回だけ出すストレートな本音は、
その衝撃から掴み取りたい新たな視点や、
その先の人間関係の破壊と創造があるからこそ、
価値が浮き彫りになるんだよね。

必要がない場面や関係では、一切出すまでもないけれどもね。

..遠藤武

経営 その76 〜 評論する。

「あの人は○○だ」「あの組織は○○だ」「あの分野は○○だ」
このように評論をしたいなら、強みと弱みの両方をすくい取ろう。
そうでないなら、評論ではなくヨイショや僻みやでしかない。

現実解。
褒め称える声がどこから来てどこへやっていくのか、
バッシングの声がどこから来てどこへやっていくのか。

この両方を、常識と非常識から捉えなおし、
その上でようやく自分の視点を盛り込むのである。

評して論じるのであれば、一面から物事を見ても意味がない。

もっと全体から細部を見て、細部から全体を見る。
適宜、大胆なアップデートをし続ける。
「なぜ自分は/他人はこう捉えているのだろう」と問い続ける。
そんな知的・精神的・感情的な余裕がなければ、相手の思うつぼだ。

自分が発言するのであれば、対象に対し、
「わざわざ名指しで言及する意味があるかないか」
について、まず答えを出しておく必要がある。

もっと言ってしまうと、
評論家のフリをした宣伝が嫌いなのであれば、
そのようなヘナチョコ評論家を利してしまうだけだ。

ヒステリックな暴言で騒ぎ立てるだけでは、
自分の貴重な時間を使って、
醜い炎上芸に加担してしまうだけだ。

それよりも、自分の世界を自分で切り開くための、
立派な材料として活用させて頂いたほうが、
気を楽にして実績を作ることができる。

尤も、学問や政治での論争については、
それが人の生き死にや自由・不自由に関わってくるため、
歴史が示す通り、この限りではない。

だからこそ、見え透いた炎上芸やマーケティングが、
余計にカッコ悪く映ってしまうのだけれども。

余裕を持って行動するのならば、
退屈でカッコ悪くなってしまう状況は避け、
冷静だけど冷笑しない「議論」を心がけたいよね。

..遠藤武

経営 その75 〜 お金をかける分野。

「人が通る道」「人が通って来ている教訓」にお金をかける。
出生、教育、自由と人権、社会保障、医療、介護などが当てはまる。
道と教訓からムダ遣いをカットし、RPAに変えていこう。

この意味。
人が人であることをやめなくてはいけない、
そんな状況を無理やり続けていても、
誰も何も続けれられないよね。

人間が昔から積み重ねてきた決断を、
道や教訓として大事にしたほうが、
そもそも合理的な積み重ねができるということ。

社会全体でお金をかけてラクをすることで、
本気で決断すべき大事なことに集中すればいい。

それにしても、社会全体を支える気のない、
自己保存の利権まみれのリーダーシップは不合理だ。

合理的な積み重ねと、不合理な自己保存、
どちらも公務員や政治が死守している分野なんだよね。

..遠藤武

経営 その74 〜 試行回数。

自然科学上の発見、新しいテクノロジー、
ビジネスや政策の効果の浸透、
これらの成果は、いずれも試行回数の賜物だ。

この逆。
スポーツやクラシック音楽など、
超早熟であることに価値がある分野では、
試行回数を増やす前に時間が経ってしまう。

試行回数で勝負しづらい分野は、
「才能」の一言で誤魔化されかねない。

誤魔化してしまうくらいなら、
試行回数を増やせる物事に集中し、
掘り下げることを楽しむといい。

「才能」に逃げて苦しいのなら、
まずは試行回数を増やして、
「才能」の影響を薄めてしまえるよね。

..遠藤武

経営 その73 〜 データドリブン。

「それってデータあるの?統計学的にどんなことが言える?」
このデータドリブンの視点はあくまで、前例を並べたものに過ぎない。
チャンスとは、前例をへし折るところから始まるんだよね。

現実解。
データ化されている物事は、あくまで、
「大局を見たらこういうことがわかる」
という、最大公約数の集まりだ。

最大公約数も重要ではあるのだけど、
チャンスを掴むには、誰も言語化しきれていない、
エアポケットを創るか狙う必要がある。

データドリブンやデータサイエンスが、
バズワードとして広がった理由は、
2010年以前は統計学を扱える人が圧倒的に少なかったからだ。

みんなが前例をへし折ろうとしたことで、
一気にブルーオーシャンではなくなった。
データドリブンが誤解されるようになったのもここから。

..遠藤武

経営 その72 〜 妥協。

常識のレベルに流されて妥協させられるより、
納得行く範囲を成長込みで定め、主体的に妥協するといい。
妥協する点も、それを破壊した次のレベルも、自分で決める。

現実解。
常識に流されると、意思決定の軸を他人に譲り渡すことになる。
そうなってしまっては、消極的な妥協を押し付けられるだけだ。

そうではなく「よし、自分で決めてここまでやり遂げた」と、
心底実感出来るようなレベルを探るのである。

このとき、成長の可能性を探ることについては、
妥協せず積極的に、かつ楽しく動いていくだけだ。

この探りを軸に「成長しきった、じゃあ次にいこう」というように、
一時点の妥協をぶっ壊し、次のレベルへの模索を重ねることが出来る。

誰かの基準で妥協させられるのではなく、
わざわざ闇雲に高いレベルを設定することもない。

仮に一時点の妥協がハイレベルであっても、
仮に一時点の妥協が軽く超えられる程度のものであっても、
次への成長の可能性を探れるのなら、それで十分だ。

成長込みで定めた妥協とは、
物事を更に叶えて高みに登るための、
ちょうどいい階段なんだよね。

一気に物事を押し進める必要はないし、
少し損やコストや時間を取って、
一段ずつ切り分けるほうが確実だ。

..遠藤武

経営 その71 〜 ボキャブラリー。

口頭では、お互いが寛容になるよう接する。
書き物では、知識をわかりやすく記述する。
どちらも、隠れた気遣いのしつこい準備ということ。

この意味。
普段の会話において「名前+さん」で呼んだり、
「私」「ぼく」と自称するだけで一気に柔らかくなる。

書き物において、語の定義を明確にしつつ、シンプルな記述を心がければ、
書き間違いや分かりづらさや、先行研究の不理解を避けられる。

ボキャブラリーが十分にあれば、これはいくらでも工夫が可能だ。
資料のない口頭での知識の言い間違いは、寛容さを保てばいい。

ただし、書き物でのボキャブラリー不足は、ただの準備不足。

もし専門分野の書き物で準備不足をやらかしたら、
その人は「基礎の理解が足りていない」と即バレてしまう。
SNSでの不用意な発言は、テキストが残るので知性が思い切り出る点に注意。

そんな不寛容な人が多いからこそ、より多く学んで、知性を探る。
知性を反映するボキャブラリーを大事に出来るほど、寛容になれるんだよね。

..遠藤武