「間に、信頼できる第三者や知識やサービスや距離を噛ませる」ことで、残念な人を回避することができる。
ここで言う残念な人とは、特定のコミュニティの中で、これ以上関わるべきでない迷惑や害悪をもたらす人のことだ。
具体的には、
・校内暴力の当事者
・ハラスメントの当事者
・家庭内暴力の当事者
などが当てはまる。
原理原則として、残念さに起因する「人生の無駄遣い」に遭遇したら、あなたがまずすべきことは「それを切り捨ててさっさと安全を確保すること」だ。
その前段階として、法律やその他規則や、信頼できる人などを必要なだけ何枚か噛ませることが正しい。
物理的にも心理的にも社会的にも、ダメなものからは距離を取ることが全てである。自由の始まりはここからだ。
なぜ学ぶことが必要か?と問われたら、
・何が良くて何がダメかを判断・決断できるようになるため
・人や物事に対し、適度な距離を取って適切な自由を維持するため
・非常事態に逃げてもさらに良い環境を構築できるようになるため
と即答できるくらいで、残念な人の扱い方はお釣りが来る。
残念な人の回避に限らず、残念な場面の回避や、残念な自分自信を愛してやるきっかけ作りにも、これは有効だ。
ここで挙げた残念さについて、「逃げ」という言葉を排除し、「安全確保」と言い換えてみるといいんだよね。