「ストレートに博士まで取ったのに、年収が新卒レベルにも満たない…活躍もできない…」
そんな悩みは昔から言われており、SNSで可視化されることも多い。
特にデータ分析に関わっていると、そうやって移ってくる人が数多い印象を受ける。
この本質は「熱意に加え、確実に勝つための分野選びを踏まえる発想がなかった」という点に起因する。
要は、どの分野なら間隙を突いて活躍できるか、逆算しきれなかったことにある。
誤解しないで欲しいが、学んで実力をつけることは極めて尊く、堂々と熱中して取り組むべきだ。
熱中して取り組むからには、軸をぶれさせないようにしつつ、勝てない要素は排除し、出口から逆算する必要があるということだ。
研究や開発は、きれいごとを抜きにすると、どれだけ自由度と資金があり、リターンが得られるかを見定めるところがスタート地点だ。
どんな分野や研究室を選ぶかという点は、就職する企業を選ぶ基準とさほど変わらないのである。
もしその基準を飛び越えて「何があったとしてもそれをやりたい!」というなら、お金を度外視するか、日本以外で盛り上がっているところに移るしかない。
「いやそんなことはない!本来ならお金をこの研究にもっと回すべきだ!アカデミックポストの待遇をよくするべきだ!そうでないならその分野が消えてしまう!」
この正論はもっともであり、よく理解できる。
その分野で傑出した才能や実力があるなら、あっさり資金集めができてしまい、かつ待遇もよくなることが道理である。
現に待遇がよくならないのは、才能がないのと同じであり、現状にいくら文句を言ってもお金の回り方は全く変わらない。
他に才能がある人がいれば、その人を中心に研究が回り、あっさりアカデミックポストを得てしまうことになる。
極論ではあるが、是非論やあるべき姿は抜きにして、勝てないなら待遇が悪いという事実をありのまま受け入れるしかない。
そのような競争のある競技種目が、研究ということだ。
ということは、勝つために自発的に動かせる変数として、土俵選びが重要になるのである。
現実解。
そもそも、分野選びや才能の自認で、どこまで伸びるかどうかはほぼ決まっている。
そもそ研究は、ポストに就職するというより、独立や起業や新規事業立ち上げに近い競技種目ということになる。
であれば、先に勝っている人の真似をしていくことや、そのような人が多い場所に身を置き、
既存の価値観に疑いを持って、突破口を出せる形で学ぶように立場を変えていくしかない。
追記。
勝てないなら、思い切ってビジネス含む別分野にシフトしたっていい。
追記の追記。
自分の場合、土木と電情・電電といった分野を大学選び以前から親族に聞かされていたので、食わず嫌いせず知ったあと、その間隙を突く選択肢を取った。
boxcox.net、遠藤武。