群れないためにも、意図的に人の多い場所を避ける。

daily11 スモール分析。

群れないとは「可もなく不可もない人とつるまないこと」だ。

そこから派生すると「なんとなく人の多い場所に近づくことを避けること」と応用できる。

人口密度が高いと、たったそれだけで、

「なんとなく」巻き込まれて、

「なんとなく」群れさせられる。

この「なんとなく」とは、

単にどうでもいい馴れ合いでもあり、

単にその空間で人がギスギスすることでもある。

前者を嫌がる人は多いだろうが、

本当に問題なのは後者である。

 

後者の例を挙げよう。

人数のそこそこ多い電車やバスでついぶつかって、

普段はとても寛容な人だろうともイライラする状況に出くわす。

これは、通勤ラッシュや帰省ラッシュの殺伐さで想像に難くないはずだ。

人数が多い空間で、それぞれが単に合理的な根拠だけで動き、

その中には本音を押し殺している人も少なくないとすれば、

イライラしたとき、いちいち人に正論をぶちまけたくなるのは、人間のサガだ。

ただし、いくら正論をとうとうと開陳したところで、

その人が何10年立とうとも豊かになることは絶対にない。

正論とは、常識からの理由づけであり、何も疑わずに従うことができてしまうためだ。

正しいことばかりついうっかり言いつづけると、

その背景にある本音や本当の問題を無視することになるのである。

電車内で人にぶつかられて、ぶつかってきた相手にイライラして腹をたてて、

面と向かって正論を言い出すのは確かに正しいが、

本当は朝の満員電車が嫌なだけであり、フレックスやリモートが可能な組織に移れば、

本当の問題点を全てまるごと包み込んで、解決に至るのである。

それどころか、正論を不用意に相手に言い出すことで、

ピリピリやギスギスの負の連鎖を生じさせ、

公衆の面前で口論を招いたり、最悪の場合は暴力沙汰に巻き込まれかねない。

お互いがイライラする可能性を想定できるため、

イライラを不用意に道端で解消させようものなら、

そのような面倒ごとが待ち受けていると、

まず事実を知ることが先である。

 

「そんな極論を言い出してもどうしようもないじゃないか!」

そんな大真面目な声が聞こえてきそうだが、

デイリーレポートを読んでくれている真面目な人ほど、

いったん「なんとなく」を切り離し、

「意図的に」本音に先回りする発想を持ってほしい。

そもそも、ほとんどの日常のイライラは、お金をつかえば回避できる。

また、ちゃんと自分の心の声である極論やわがままに耳を傾けることでしか、

心底人生を楽しんだことにはならない。

そうなると、本音から逆算した成長もままならない。

本音を大事にしないのなら、自分で自分に味方をすることが出来なくなる。

それは単に辛いことだとしか言いようがない。

何も、愚にもつかない極論やわがままを押し通せと言っているのではない。

そうなってしまえば、一発でタチの悪いチンピラのコースを歩むことになる。

そうではなく「こうやって逸らせば解決できる!」という現実解を、

頭を行動を駆使して、読書を重ねて、

自分が動きやすい形で導き出すのだ。

壁があるのなら、そうする以外に成長しようがないと、

とことん腹落ちするのである。

最初は「本音はなんて極端でわがままなんだ…」と、

自分で自分にドン引きするくらいでいい。

その中でスキを突いて、現実解を出していくのだ。

フレックスやリモートなどはその典型例であり、

あるいは思い切って独立してしまってもいい。

出せる答えはいくらでもあるし、

本で出ているものを参考にしてもいい。

 

現実解。

大多数の人は「なんとなく」それをやっていないからこそ、

少数派として「意図的に」発想を変えて行動を起こすと、効果てきめんだ。

群れないことの一番の効能だと言い切っていい。

boxcox.net、遠藤武。

遠藤武(えんどう・たける)
グロースハッカー。
endoutakeru

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■遠藤武のやっていること■

・経営トップ向けに「仕組み化」のプライベートアドバイザリーを手がけています

・中央経済社『旬刊経理情報』誌にて、仕組み化とデータ分析に関する見開き2ページ連載記事を、2022年7月より月2〜3回ペースで執筆しています
(2024年8月に50回を超え、書籍化企画を進めています)

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