どの業界だろうと、どんなに抜きん出た実績や才能があろうと、
群れ続けていると、天と地が突然ひっくり返るかのごとく、落ちぶれることがある。
「成功にはダークサイドがある」と既に知られているが、
これは特定の分野や集団内部の評価というタコツボ内でついうっかり群れてしまい、
孤高や孤独を貫くファイティングポーズをやめてしまうことが原因だ。
実のところ、群れることは生き物の理にかなっており、種全体の生存確率を上げるため、
ウジャウジャ集まる事実を直感的に「群れる」と判別していないことは多々ある。
ただし、これは種が進化するかの勢いで多数派から離れる少数派とは対立する。
人間が進化して得たものとは、頭脳であり、
頭脳があるからこそ、孤独であっても、大多数の真逆をとっても、
それがよほど人倫に反するものでない限り、集団から迫害されずに生きることができるのである。
例えば、褒めるという行為は上から下に向けてなされるものである。
常識的に考えると、褒められることはいいことだが、
孤独という目線で見るなら、不用意に褒められることは避けたくなるものだ。
組織の中では社長や上級管理職が新人を表彰するのであり、
その正反対である新人が社長を公に評価することなど起こり得ない。
これに気づいている人は、さっさと評価は得てしまい、
好き放題仕事をして実績をつくり、自分が他者を褒める側に移るのである。
褒められて群れさせられる苦痛から逃げるエネルギーを、
頭脳に空白を作り、孤独に孤高に活用するのだ。
空白という自由があれば、多数派と関係なく、自分を客観的に見ることができる。
お金は大事だが、お金は自由を持つための手段であるため、
お金の周辺にワラワラといる邪魔な群れはバッサリ切る必要がある。
この逆で、どれほど実績があっても、おだてられてのぼせ上がるのは、
群れることの苦痛を忘れてしまい、群れてしまったことにある。
あるいは、ちゃんと群れておいて、そこから嫌な思いをするという経験をしてこなかった場合もある。
小学校に行くのが苦痛で、中学受験を経てトップレベルの大学に行って起業しグロースした人でも、
群れることの苦痛を忘れてしまい、やたらとウジャウジャしたせいで物事が複雑化し、
それがきっかけで思考が薄まり、自滅することなどよくある。
このような顛末は、孤独になって空白を作る勇気があれば、確実に防げることだ。
現実解。
物事は単純ではないからこそ、できるだけ単純化しておけばいい。
「なんだかウジャウジャしてきたな…」と思ったら、
孤独を取って空白を作れば、その空白に本当に必要な物事を自由に置くことができる。
これは、群れることや、群れさせられることと真逆の発想だ。
群れることが苦痛に感じるなら、そこに才能が眠っている可能性が高いため、
こっそりと群れの真逆の行動をとってみるといい。
boxcox.net、遠藤武。