「この人は大きな接点がなく、違うな」と思ったら、
別な人と関わればいい。
「この人は今は大きな接点ないけれど、でもなんとなく好き」なら、
継続的に関わればいい。
それくらい気楽なほうが、
気兼ねせず楽しくなるし、
相手も自分も成長できる。
楽しさの有無は、
ある程度の感受性があるなら、
必ず嫌というほど相手に伝わる。
正確に言い切れば、
「勝手に伝わってしまう」
と断言したほうがいい。
要は自然とにじみ出てしまうのだ。
朱に交われば赤くなる、と言うが、
にじみ出た物事に応じて、
言葉遣いや対人関係を変えることが出来る人は、
成長できる人だ。
実際のところ、
最初にピン!と来た人よりも、
後々になって「お?変わったな」とにじみ出るのほうが、
関わっていて面白い。
にじみ出るからこそ、
後から評価を変えてもいいのである。
バカ正直に一回ピン!と来ただけじゃあ、
読み間違いもあるし、
人の成長に関われない。
何歳になっても成長できる方が、
そもそも関わっていて面白いし、
相手もこちらを「面白いやつだ」と思ってくれているはずだ。
こういう変化があるのだから、
他人がなんと言おうと、
自分の感覚を崩さないほうがかっこいい。
人との関わり方で迷ったら、
まずは与える側に回り、
自分の感覚を保って磨くことだ。
自分が相手に与えることでしか、
人は成長できない。
育てる上では、無償の愛が大事なのは、
アガペーとかペイフォワードとか、
恩送りという言葉に現れている。
「すごい!」と相手が成長しているのなら、
自分も間違いなく成長できる。
その逆もまた然りだ。
それくらいじゃないと、
人と関わっていてもぶっちゃけ退屈だよ。
自分にチカラがあってもなくても、
ここぞというときには、
出し惜しみしないほうがいいんだよね。
boxcox.net、遠藤武。