AIは確かにとても便利だが、人間にしかできない「ご機嫌」をつくれない。
AIに知識を出してもらったり、おべっかを使ってもらったりするのは、
必ずしも「ご機嫌」とは言わないし、価値になるとも限らない。
とてもアナログな身体性があるからこそ、満足感が得られ、
人間はご機嫌でいられる。
かけっこが速いとか、
ゴルフのスコアが良いとか、
カードゲームや麻雀が強いというのは、
全てコンピューターと力学で叶えられるが、
それがご機嫌で面白いとは限らない。
ロボコンや工学やプログラミングの面白さは別として、
人間がご機嫌でいるには、
人間どうしが関わる身体性が切り離せないのだ。
これは必ずしも「群れろ」ということではない。
群れるか否かは、自分で決めればよろしい。
そうではなく、
何か得意技に秀でてご機嫌になるというのは、
根本的には身体性があるゆえの結論であり、
AIがあっさり問題解決してしまうのと真逆のアプローチだ。
現実解。
AIで解決できるものはさっさと手放し、
人間にしかできないことに特化しろとはよく言われるが、
「ご機嫌」という感情はその最たる例。
ボックスコックスネット、遠藤武。
