「似て非なるもの」とは、偽物のことだ。
あからさまな偽物は、そもそもパロディくらいしか楽しめない。
大前提として、コンプライアンス違反として叩かれてご臨終なのだから。
それゆえ、単なる猿真似の偽物は激減した。
これは廉価版やジェネリック版ではない(これらは市販の本物である)。
そうではなく、本物っぽい面構えをした「似て非なるもの」が増えたということだ。
名無しで出てくるうるさくて怪しいヘナチョコ商材や、
謎の名前とギラギラ経歴で出てくる怪しい自称プロなど、
ヘナチョコの事例は挙げればきりがない。
ひとつ事実を囁くと、「似て非なるもの」は、必ず「後発の本物」に打ち砕かれる。
これは自然な流れとでも言えばいいかもしれないが、
流行りに流行った「似て非なるもの」について、
「これは明らかに偽物でしょ笑」
とあきれ半分で直感したプロが、
淡々と「後発の本物=別解」を出すのである。
これは一流の世界で、
確実に誰かに目をかけてもらい、
確実に成功者にひっぱりあげられ、
確実に一流がわかるところで有識者として扱われる。
私は何人か私淑している作家や成功者があるが、
結局は「一流は一流に依怙贔屓されるまでが答え」だと著書で知らせてくれており、
徹底してその内容の通りに動いていた。
結果的に、創刊50年を超える旬刊誌にて、
私の見開き2ページ連載執筆が80回を超えて継続し、
複数年にわたって年初めに表紙に登場させてもらっている。
データ分析・FP&A・仕組み化・経営…という分野の有識者の中でも、
明らかに抜きん出て異例の扱いをしてもらっている。
結局は「似て非なるもの」を避け、
勝てる分野で「本物」として実績を重ね、
その結果、しずしずと成長を重ねたのである。
現実解。
「本物」は、出てきたところから、しずしずと成長し勝ちを重ねている。
「似て非なるもの」は、無駄にうるさい偽物だから、本物からすれば良い勝ちパターンづくりの材料だ。
ボックスコックスネット、遠藤武。
