価値とは、ロジックだけでは出せない。
誰に頼みたいか。
誰と組みたいか。
誰の話を聞きたいか。
この選択は、きれいな論理や模範解答ではなく、
「この人がいい」という偏りで決まる。
実際には、依怙贔屓で回っている。
今回は、ロジックだけでは出せない価値を扱おう。
もちろん、ロジックは大事だ。
その他大勢は、ロジック以前のところで止まり、何もモノにならない。
だからまずは基礎をロジックで整える必要がある。
基礎が整う、一人前扱いされる。
ロジカルシンキングという名前の仕事が増え、整理し説明し、正しさを担保する。
一定レベル以上の人は、ここで満足してしまう。
これらは確かに重要だが、あくまで超基礎の手段にすぎない。
なぜなら、ロジックはただの模範解答だからだ。
正しいことを言う人は、いくらでもいる。
整理された資料も、いくらでもある。
その先は、えこひいきだ。
模範解答では、えこひいきは生まれない。
では何で決まるのか。
立ち居振る舞いと覚悟である。
逃げない。
筋を通す。
間違えても恥をかいても、
自分の名前で出る。
この積み重ねが、
「ぜひあの人がいい!」
というプラスの偏りを生む。
この偏りは、ロジックを超えたところにある。
ロジックを消費されて終わるのではなく、
ロジックを基礎としながら、本音で選ばれる。
本音があるから、えこひいきされる。
ロジカルシンキングだけの世界から、自ずと卒業していく。
ロジックを捨てるという意味ではない。
そこから跳躍するという意味である。
基礎として使い、その先に進む。
先生として登壇する。
演奏会を開く。
サイン会をする。
執筆する。
これらはロジカルシンキングだけでは成り立たない。
(ロジカルシンキングの世界で圧倒的ナンバーワンであれば話は別だが、それはまさに推し活という本音だ)
圧倒的な価値は、
ロジックを超えて、
「この人だから」という跳躍が成立し、
血が通うのだ。
これは表面的な結果ではない。
結果に至るまでの生き方そのものである。
何を考え、
どう行動し、
いかに決断したか。
血の通った存在を浮き彫りにさせ、
「この人に頼みたい」と本音で思ってもらうのだ。
現実解。
ロジックは当然に活用するが、ロジックだけの状態をきちんと超えていこう。
色、ニオイ、温度、肌感覚といった身体性や、「この人じゃなきゃ嫌!」という、
人間を人間たらしめることがホンモノなのだから。
ボックスコックスネット、遠藤武。
