「意識高い系」で、素行や知見に疑問がある層は「知識低い系」とでも思っておけばいい。この層の存在は、知識回収で代替できてしまうからだ。
「意識だけが高い層」のチェック項目はこんなところだろう。
・孤独を楽しんでいるか?
・忙しさに逃げていないか?
・取り巻きはどれくらいいるか?いたらどういう層か?
・立ち居振る舞いや発言内容を真似したくなるか?
・他者の知見を鵜呑みにせず、知識を集めて合理的に議論を組み立てられるか?
・「自己弁護や誤魔化しや知識のなさ」と「文化資本に応じた独自の世界観」とを混同していないか?
・一定レベル以上の学習歴(特に古典・外国語・数学/自然科学・法律…)はあるか?
・アカデミックスキルが欠け、試験対策文化に逃げていないか?
着実に成長し、知見を残せる材料を獲得していれば問題ない。そうすれば「意識(だけが)高い(=ただし立ち居振る舞いは醜い)」という状況にはならない。
対象のスペックが読めるまでのレベルに達したと感じたとしよう。そこまで成長したならば、それは自由の始まりだ。これと逆に、知識ではなく意識にばかりとらわれて、自己弁護に走る層は、そもそも自由に意思決定できるほどの基礎を持っていない。
これは、人間が自由を楽しむにあたって、一番のリスクである。貴重な時間を何に費やすかは自由だけど、知識と知見に基づいた自由意志で決めていきたいよね。