月別アーカイブ: 2018年7月

「名指しをしない」の本音

技術的や学術的な話題はさておき、
日頃のオピニオンや見解を名指しで示すと、
一気にかっこ悪くなることがある。

もしイラっとする物事があれば、それは必ずしも、
わざわざ名指しであげつらう必要がないということだ。

そもそもレベルが低いのだから、
「こんな層は相手にする価値なし」
という流れで終わらせてしまえばいい。

名前を出さずとも、傾向を的確に捉え、
「ああ、この人のことを言っているのだな」
と、頭の回転も思慮深さもある人たちとシェアするだけでいいのだ。

数少ない信頼できる人たちに絞ってシェアすることで、
その人らとともに徹底して物事を良くする方向性を打ち立てれば、
そもそもレベルが低い対象を上書き消去できる。

嫌いなものを名指しするより、自分を名指しして、
楽しいレベル上げを狙えばいいだけなんだよね。

「嘘」の扱い方

本当に実現したいことがあり、そのためにつく嘘は、

欲求に正直だからこそなせる技である。

その嘘のおかげで、前向きな事実が得られるのであれば、

堂々と行動するためにホラを吹いてフェイクを見せるほうが、

その人にとって利得があるということだ。

この「嘘による利得の有無」に切りかかっていこう。

仮に嘘やホラやフェイクが、ヘナチョコでセコく思えたり、

中身を伴っていないとしたら、それは単に学べていないというだけだ。

このとき、前向きな事実を得ようとしているのではなく、

踊らされやすい対象をだまくらかしたり、隠蔽工作をしたりと、

ただただ後ろ向きな物事でしかない。

このような嘘は、自分自身という第一の事実に関しても、

思い切り嘘をついて誤魔化してしまうので、

学ぶことなくどこかで自滅する以外になくなってしまう。

嘘を嘘で塗り固めろと言いたいのでは決してない。

自分や他者を欺けと言いたいのでもない。

反社会な利得に目を向けろと言いたいのでもない。

他者に嫌な思いをさせていいと言いたいのでもない。

これらの短絡的な嘘は、そもそも自滅の第一歩だ。

他方、出来ないことを出来るようにしようと学ぶとき、

出来る前に「出来る!」と言い切ることも嘘である。

しかし学んでしまえば、それは嘘ではなくなる。

嘘の扱い方とは、そこから得られる根本的な世界線の変動にある。

嘘を前向きに扱い(あるいは後ろ向き思考を切るために扱い)、

自分に徹底して不都合な状況を見つめて乗り越える覚悟があれば、

むしろ正直でいられるんだよね。

「事業家」の本音

「日本に進出したい」という、
海外からの投資の意図を持つお金の流れは、
実は思いのほか数多く存在する。

これが目立たないのは、
投資を受け止められるスキルやつながりを持つ、
日本側の事業家の人員があまりにも少ないためである。

外資企業の話題がどうしても目立つのは、
常にリターンを得ようと躍起になって、
このような投資計画や人材探しをしつこく繰り返すためだ。

日本の側で、このような海外マネーの流れをプランニングし、
企画・経営・運営できる事業家は、非常に数少ない。
これらの人らは、就職先ランキングといった世界ともほとんど無縁だ。

先に断っておくが、外資企業に在籍したからといって、
事業家になれるわけではない点に注意しておこう。

コンサルティングファーム出身者は、
資質は近いものの、徒弟的にクライアントに忖度するアウトプットが主たる仕事なので、
事業家というよりは、ブランドのある軍師止まりでしかない。

新卒集団就職するサラリーマンは、
英語ができないか、役職や経験年数で動く官僚的なビヘイビアを押し付けられるため、
このようなタイプの事業家になるような資質が得られない。

スタートアップ企業の青臭さや失敗覚悟の資金調達では、
そもそもこのような事業家は本質的には育つ土壌がない。

もし育つとすれば、新卒で(昔の)外銀に入ったか、
総合商社の特定の分野において、たまたま活躍する機会に恵まれたか、
大学在学中から似たようなことをしているかの、3択だ。

独特のひょうひょうとした自由な世界を生きているので、
事業家は自ずと目立たない存在として、
淡々と稼ぎつつ動き続けるのが、事業家の生態だ。
(最終的に著述家になるようなベンチャー創業者は、事業家ではない。)

分野は違えど、プログラマーと近いところがある。
もし見かけたら、そっとしておいてあげよう。

「投資と課金」の扱い方

投資はリターンがある。

課金はリターンがない。
いずれも気分がよくなるもあれば、そうでないこともある。
一番良いケースは、気分がよくなってリターンがあることだ。
アウトプットするための仕組み作りを誰かにまるっと握られていると、
気分がよくなったとしても、アウトプットがしょぼいままである。
この場合、まともなリターンはおぼつかない。
ギャンブル産業なんかがこの典型例だよね。
これと逆に、クラシック音楽や美術への傾倒は課金とはあまり言わない。
それだけの歴史的な価値があるからなんだよね。
(ただし、いわゆる「クラオタ」の人たちの心理は課金と同じかもしれない…!)
要は、時間やお金を使い散らしてしまうと、課金で終わってしまう。
一定額を散財することも、経験を高める方法のうちなんだけど、
これは同じ課金の繰り返しを自己正当化することに使われかねないよね。
「自分のアウトプットが今までの枠を超えてもっと面白くなって付加価値が増えた」
とすれば、それは投資ということだよ。
アウトプットのルール決めや情報収集の独自性を他人に握られていたら、それは課金止まり。
結局、本を読んでアウトプットに活かすことが一番の投資なんだよね。

「不自然さ」の本音

普通を無理やり否定するとか、
おかしさを強引に肯定することで、
さっさと目立つことはとても簡単だ。

これは「笑われることと笑わせることの違い」に気づけない状況と同じで、
見る人が見たら、ただ不自然かつ不快な失笑を誘うだけである。

このような不自然な手法を肯定しつづけると、
どこかでウソをつかなくてはいけなくなり、
ウソをウソで塗り固めないと先に進めなくなってしまうのだ。

そうやって個人なり組織なりで目立っている人を数多く知っているけれど、
結局は情報弱者を食い物にすることでしか生きていけない、
そんな後ろ暗さを抱えているんだよね。

自覚して開き直って一芸にするなら、それもまた生き方なんだけども、
不自然の不自然たる所以は、自覚や反省をせず中途半端に開き直ることにある。

仮に目立っていても、不自然な立ち居振る舞いは、
下品や粗野や知性のなさに行き着くしかない。

せめて、猛反省してサクっと方向転換できるくらいの余裕がないと、
知的に自然なスタンスを取ることすらままならなくなってしまう。

無意識のうちに出てくる不自然さは、結局は知性や知識不足として、
無意識にしつこく繰り返されてしまうことを知っておくと良いんだよね。

「気前の良し悪し」の扱い方

どうでもいい人ならば、さほど気前良く接する必要はない。

どうでもよくない人ならば、徹底し気前良く接すればいい。
これは個人の意思の表明であって、どんな人にどれだけの時間を割くかを、
どうでもいいか否かで次から次へと決めればいいだけだ。
楽しく過ごす(あるいはつまらなく過ごす)上での、要件定義の方法である。
これをコントロールせずにいい加減に放置すると、つまらない毎日が過ごせる。

「オフピーク」の扱い方

通勤や休日に限らず、大多数と同じ行動を取らないことは、

さっさと当たり前のように認めるべきなんだよね。
そのほうが楽しく効率化できて、本当に取り組むべき、
挑戦対象としての非効率な要素に集中できる。
ピークに集団行動することばかりに慣れてしまって、
大多数の「なんとなく」という不文律や同調圧力に感化されていたら、
チャンスを逃す原因を自分から作っていると危機感を持とう。
これだけで、自由を行使できる発想の入り口に立てるんだよね。

「休憩」の扱い方

何もしていない時こそ、ふと思いつきが生じる。

休憩の役割は、そんな突発的な発想を得る余裕の確保にある。
好きなときに休憩を取れなければ意味がないよね。
むしろ休憩が主役だと思い込むくらいでちょうどいいんじゃないかな。

「好きな物事」の扱い方

好きな物事は、狂ったように網羅することに尽きる。

平均点レベルの大多数の人からドン引きされるくらいでないと、
好きな物事は扱ったことにすらならない。
「得意」というだけでは、教科書を網羅することはできても、
自分でオリジナリティのある知見を出し続けることは困難だ。
途中で立ち止まる以外に道がなくなったとき、思い返してほしい。
もともと自分が好きだったことや気になっていたことは何か?
そのうち今の自分に叶えられていないことは何か?
立ち止まる以外に道がなくなったとき、それが叶えられたらどうなるか?
このとき、少しでも興味が出ていたことや、
根本的に流れを変えて解決するヒントとなりそうなことは、
「好きなことの構成要素だ!」と突然言い張って、
突然狂ったように網羅を試みると良い。
もし取るべき道がないなら、試しに1週間でも1ヶ月でも3ヶ月でも、狂ったように知識の網羅を試みる。
その結果が三日坊主であっさりやめたとしても、自分を徹底的に褒め称える。
この戦略的で極端な「好き」を重ねて実験していけば、
複数の三日坊主が繋がって、スキル取得の機会をもたらす。
行き詰まってつまらないとき、とにかく行動するなら、
「好き」と短期間でも言い張る実験をするだけでお得だ。
これくらい常識をかなぐり捨てて「好きな物事」を再定義するくらいでちょうどいい。

「どうでもいい物事」の扱い方

・完全に無視する

・だましだまし離れて断つ
・好きな物事や上位互換で上書きする
この程度で十分だ。
そもそもどうでもいいのだから、ひとまず丁寧にしておいて、
バリアを張って余計な理屈を入れなければいいんだよね。